バカな子の挑戦(1)
「おら、メシ食ったらとっとと出てけ!」
いつもどおり備前に昼食をご馳走になった加奈子はあえなく部屋を追い出されようとしていた。
「うわーん! パパ非道いよぉ!」
「俺はゆっくりしたいんだ」
「いつも暇な時間にひとりで何してるか聞いてるんぢぁん」
「小娘に関係ねーだろ」
「あるよ! アタシ、パパの、助手!」
加奈子はリズム良く自分に手を当てて言うが、備前は呆れたため息をついて答える。
「それは一時的なもんだ」
「いいじゃん! アタシこれから養分を見つけるお手伝いするし」
「……ったく。こんな小娘に僅かにも期待しちまう自分が恥ずかしい」
「ねーねー。そろそろちょっとはパパのこと教えてくれても良くない?」
「あ〜。ウゼェな……」
備前は後頭部をかいてから答える。
「読書や……将棋だな」
「将棋? 将棋ってあのマス目に駒を並べるヤツ?」
「俺の趣味だ。……答えたぞ、ホレとっとと帰れ」
「え、えー? ア、アタシも教えてもらおうかなぁ〜?」
「あ?」
備前は強く加奈子を睨み、加奈子は怯んだあとに諦めたように項垂れた。
「わ、わかったよぅ……今日は諦めて帰るぅ」
そして玄関で靴を履き終えてからもう一度振り返って言う。
「帰っちゃうよ〜?」
そこへ間髪置かずに備前の声だけが帰ってくる。
「あ〜」
声を発するのも面倒だと言わんばかりの間の抜けた声だ。
それを受けて加奈子は項垂れて退室した。
「アタシ、ただお金貰って、な〜んにもしてないケド、ホントにこれでいいのかな〜?」
首を傾げながら隣の自室に戻る。
「こっちでも友達とか見っけたほうがいいのかな〜? それともお仕事?」
加奈子は程よい満腹感に眠気を誘われながらソファに横たわりスマホを手に取った。
「さすがにパパもオジサンだし、SNSやネット関係ならアタシのほうが得意だもんね〜」
そしてスマホの画面を見たとたん、加奈子の瞳孔は大きく広がる。
「わ。ホントに連絡あったぁ!」
加奈子の視線はスマホに釘づけになる。
「なになに……? 市内、バツ1の母子世帯でぇ……無収入? うつで働けなくてぇ……あれ? これパパに頼るまでもなく、フツーに生活保護申請通るんじゃね?」
加奈子は首を傾げる。
「アタシがパパに聞かれたようなことを思い出して、この人から話を聞けばいいんだよね〜?」
そこでさらに思い出したように手を打つ。
「パパと交わした養分契約、たしかアタシの控えもあったはず……つまり、おんなじように作ればアタシにだって契約はできる!」
加奈子の表情は次第に悪巧みに歪んでいく。
「チャ〜ンス! アタシ専用の養分ゲットじゃ〜ん! さっそく連絡連絡ぅ!」
加奈子は喜々として返信文を考え出した。
数日後、市内喫茶店のテーブル席にて待ち合わせをしていた加奈子と相談主は無事に顔合わせを果たした。
「はじめまして。生保代行サービスの笹石です。よろしくお願いしまっす!」
加奈子は可能な限りの地味な姿でその場に臨んでいた。
「はじめまして。……相談をした下田春美です」
そこに現れた女性は30代。
「ある程度の条件があれば保護申請が通るように整えてくれると聞いて相談をさせていただきました。よろしくお願いします」
化粧映えする顔立ちではあるが肌はくすみ頰は痩せこけている。身なりを気にする様子はなく、皺の寄ったラフなパーカーに汚れたスニーカーを履いていた。
「えっと……笹石さんが思っていたよりもお若い方で驚きました」
加奈子を見た春美は困惑気味に言った。
「代表は急用でどうしても来れなくてぇ……アタシは助手ですが、これでも申請を通した経験はあるんで大丈夫でっす!」
「は、はぁ……」
加奈子は胸を張って言いきったが、それでも春美は些か訝しげな表情をしていた。
「と、とにかくこのままもなんですし、どぉぞお掛けになってください」
少し固くなった加奈子に促されながらも春美は向かいのイスに座った。
加奈子はそれらしくペンとノートを取り出して春美の話を聞き取る準備を整えた。
「でわ、さっそくですがお困りごとを聞いていきたいと思います。大体のことはメールで読みましたが、詳しく教えていただけますか?」
加奈子はキラリと目を輝かせ、落ち着いた声で知性があるよう装っていた。
「はい……メールにも書きましたとおり、私はバツ1で小さな子どもが3人おりますが、うつで働けず、収入もないため生活に困窮しています」
「なるほど。状況的に生活保護申請を希望されるのも不思議ではないですね……」
加奈子は神妙な面持ちで頷いた。
「ですが、一度は生活保護申請をしたのですが、却下されてしまいまして……」
「それはそれは……って、ええぇっ!?」
加奈子は予想外の話に思わず声を上げた。
「どどど、どうしてまた!? 普通ならその状況、通ってもおかしくないのでわっ!?」
自分でもすんなり申請を通せるだろうとたかをくくっていた加奈子はすでに半分パニックのような状態だ。
「担当の方に理由を聞いたところ、両親の収入が多いからだと……」
「両親の収入!? で、でも下田さん、母子世帯って言ってませんでした!? そこでなんで両親の収入が?」
「はい。住民票上では両親世帯とは世帯分離を行っており、私と子どもたちは別世帯のはずなんですが、同一世帯とみなされてしまって」
その言葉の意味は当然のように加奈子にはわからない。
「どぉしよう、ぜんぜん意味がわかんない……」
「えっ!?」
加奈子の発した言葉に不審な顔をする春美。
「あっ! いやいや、どうしてまたドーイツセタイとみなされてしまったのかと思いまして」
加奈子は必死に取り繕うよう言葉を紡ぐ。
「それはまぁ、生活実態は実家暮らしですし、同じ屋根の下で暮らしているからだと思います」
春美は少し視線を落として言った。
「な、なるほどぉ。それは大変ですねぇ……で、でも、考えようによっては高収入であるご両親の助けが得られるのでは? ……そう! たしかフヨーギムがあるとかないとか」
「両親の扶養義務ですか? それがつい先日、些細なことで仲違いをしてしまいまして、私たちは実家を出て行かねばならないことに……」
「うああ……それは酷い」
加奈子は目を多い隠すよう自らの額に手を当てた。
「さらに、私が乗っている車の保有も認められないと言われてしまって……」
「そのうえ車もっ!?」
もはや事態は加奈子に収拾がつけられない状況になっていた。
「よ、弱ったなぁ……」
加奈子の様子を見て、半ば諦めたかのように春美は続ける。
「最悪、生活保護が受けられるなら車くらい諦めます。でも、実家にいる限り両親と同一世帯として保護は受けられず、実家を出るにも私たちには先立つものが何もなく、出ようにも出られずで行き詰まってしまったのです」
「それは……」
言葉に詰まった加奈子であったが、そこで一つ思い当たったように手を打った。
「これ……子ども3人はともかく、アタシのケースとほぼ同じじゃん」
加奈子は春美に聞こえないような小さな声で呟いた。
「つまりは、他に住む場所さえ見つけて母子世帯として引っ越しできれば生活保護申請もすんなり通るはずなんだよなぁ……」
「ホントですか!?」
加奈子の反応を聞いて春美は身を乗り出した。
「そうですね……それに、住む場所に心当たりがなくもないかも……」
「ホントですかっ!? 私、お金はありませんし、保証人もいません。審査も通るかわからないし、そんな私でも大丈夫なんですか?」
春美の食いつくような反応に加奈子も少し身を引き気味に答える。
「そうですね……その辺りは問題ないかと……」
「お願いします! ぜひ、私たちにそこを紹介してください」
「ええっと……それは構いませんが……下田さんがそこを気に入るかどうかはまた別の話ですからね〜?」
何せそこは、石田や隆史が放り込まれたボロアパートであるからだ。
その後、春美の希望もあってボロアパートの見学に連れて帰った加奈子ではあったが、さすがに今どきの30代女性にとってそのボロアパートはどうにも耐え難いと見えて、検討するとの言葉を残して成約には至らず、加奈子の試みは失敗に終わってしまった。







