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佳代(5)


 地中に埋められてからどれくらいの時間が経過したのかを石田は知らない。


 そのときにはもう、石田の意識はなくなっていた。


「起きて! 亜希人、起きてってば」


 石田が女の声に意識を取り戻すと、そこには佳代の顔があった。


「か、佳代!」


「シッ! 大きな声は出さないで! あの人が戻って来ちゃう……」


 佳代は人差し指を口の前に小声で言った。


「お前、どうして……?」


 かろうじて生きていた石田に安堵したのか佳代は一度胸を撫で下ろし、それからまた隣に置いてあったスコップを手に取った。


「勘違いしないで。私はあの人を人殺しにしたくないから助けるの」


 石田の身体はまだそのほとんどが地中に埋まったままであり、顔の付近をスコップで傷つけぬよう手で払ったのだろう。佳代の手は土に塗れていた。


「助けてくれるのか……? 俺を……? なんで……?」


 不思議そうな表情の石田を睥睨して佳代は問う。


「逆に、どうして助けてもらえない自覚があるの?」


 石田はその佳代の視線を真正面から見返すことはできなかった。


「それは、俺がクズだからだ……今まで好き勝手に生きてきた。暴力を振るった、浮気もした。お前にも散々酷い仕打ちをした……それなのに、また俺は……」


 命が助かったとわかったからか、石田は感情の堰を切ったかのように泣き始めた。


「お前に助けてもらえる理由なんか、何ひとつ思い浮かばないんだ……」


「そうね。何ひとつない。私はただ、あの人のためにやってるだけ」


 そう言いつつも石田を掘り出す手を休めない佳代。


「なあ、佳代。考え直せ。あの男はヤバい。普通じゃない……人を、人間だなんて思ってねぇ……お前、いつか殺されるぞ」


 そう言う石田の身体は恐怖からか完全に震えている。


「それでもいい……あんたとは比べものにならないくらい、いい人だから」


 佳代の偽りない表情を見て、石田は視線を落とした。


「そっか……俺とは違うか……」


「そうね。あんたの顔はもう二度と見たくない」


「わかってる……もう、お前たちには関わらねぇから……悪かったな、佳代」


「そうやって謝られることすら気持ち悪い男」


「わかってるって……もう歯向かう気も起きねぇくらい圧し折られちまった……思い知らされちまった……俺はもう人間扱いすらされねぇゴミだ。死んだほうが人に喜ばれるようなクズだ。好きに言ってもらって構わねぇよ」


「本当に情けない男」


 それからしばらく、無言で掘り続ける音だけが続いた。


「なあ佳代。あんな男のどこを好きになったんだ」


「あの人をそんなふうに言うの、やめてもらえる?」


「悪かった……あの人、そう言えばいいか?」


「もう黙ってよ。あんたの声、いや全部。不快なの」


「そっか……そこまでか……」


 石田は失意から身体中の力を抜いた。


「でも、助けてもらえるだけありがてぇ……ありがてぇ……」


 石田は涙を流しながら生の実感を噛み締めていた。身体のほうもだいぶ土の中から掘り出されていた。


「さて。あとはもう縄をほどけば自分で出られるでしょう? 早く私たちの前から消えてよね」


「わかってる……ありがとう。ありがとう佳代……」


 そうして佳代の手に持った刃物が石田を拘束する縄に向けられたときだった。


「佳代。お前、いい度胸だな」


 倉庫の入り口から備前の声が冷たく、低く響いた。


 瞬間、佳代の身体は飛び上がり、震え、動かなくなった。


 コツコツと冷たい足音を響かせてふたりに近付いてくる備前。


「せっかく埋めたゴミを掘り返すなよ」


 備前は無表情でそう言って佳代からスコップを奪い取る。


「ち、違うんです! 佳代は、佳代はあなたのために俺を……」


「うるせぇよ」


 備前は足の裏で石田の顔を踏みつけ、彼の言葉を遮った。


 そしてその冷たい視線は色を失った佳代にも向けられた。


「佳代、このゴミはな? 俺を殺すと言ったんだ……俺のためを思うなら、自ら処分するくらいの気持ちでいないと駄目だろう?」


「そ、そうだね……」


「それともなんだ? お前も俺に歯向かうつもりか」


 備前はそれきり腕を組んで何かを考え始め、しばらくした後、言った。


「佳代。お前もこのゴミと一緒に埋まるっていうのは、どうだ?」


「それは……」


 佳代は躊躇うように備前から視線を逸らした。


「ま、待ってくれ! 悪いのは俺だろ!? 佳代は関係ねぇだろ!」


「ゴミが許可なく喋ってんじゃねぇよ!」


 慌てふためく石田の顔面にまるでサッカーボールを蹴るような備前の蹴りが入る。


「待って! わかった。わかったよマー君!」


 そして備前のさらなる追撃から石田をかばうように佳代がふたりの間に割って入ったのだった。


「ほう? わかったとは、どういうことなんだ佳代?」


 備前の声は非常に冷たい。


「私も、この人と一緒に、埋まります」


 そして佳代は、そのまま穴の中、石田の隣に横たわったのだった。


「当然だな。なにせこの俺に逆らったんだからな」


 備前はそう言って掘り返した土を佳代にも掛かるように埋め始めた。


 そのときだった。


「待ってください!」


 一際大きな石田の声が倉庫内に響いた。


「助けてください……俺のことはどうでもいいです……でも佳代だけは、佳代だけは見逃してやってください……俺は死にます。死にますから……」


 その声には多分に嗚咽も混じっていた。そして、たしかな気迫もこもっていた。


「佳代は悪くないんです……悪いのは全部俺なんです……助けてやってください……こんな俺でも助けようとしてくれる、優しい女なんです……」


「あんた……今さら何言ってんの、気持ち悪い」


 涙も涎も鼻水も全部垂れ流して叫ぶ石田に佳代は忌避の視線を向けた。


「あんた今まで、誰かのためとか考えたこと、一度だってなかったくせに、今さら……」


「それでもいい。お願いします。気持ち悪くてもいい、俺なら今すぐ死にますから。佳代だけは、佳代だけは勘弁してください。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします……」


 それはもう殴られようが殺されようが、それだけは懇願し続ける決意を固めたように見えた。


「あぁウゼェ。ゴミが耳障りだ、うぜぇ……」


 備前はスコップのスピードを早める。


「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」


「あぁ! うるせぇな、ちくしょう!」


 ついには備前もスコップを地面に突き立ててやめた。そして後頭部を掻きながら言う。


「わかった。うるさくて敵わん。夢にも出そうだ……仕方ない。佳代、お前は出ろ」


「え? マー君、いいの?」


「……早く出ろ。そこをどけ」


「わ、わかった……」


 佳代はそそくさと身体を起こして穴から出た。


「マー君……この人は……?」


 佳代が備前の顔を心配そうに覗きこんだ。


「何言ってんだ佳代。こいつ今、自分で俺は死んでもいいって言ったんだぞ」


「で、でも……」


 佳代が視線を落とすと、そこには無理に笑顔を作ろうとする石田の顔があった。


「いいんだ、佳代……俺は、いいんだ……お前が助かれば、俺はもう、いいんだ……」


「ほらな? 良かったじゃねぇか。これでこいつもスッキリとした気持ちで逝けるだろうよ」


 そう言って備前が再びスコップに手を伸ばしたときだった。


 佳代が石田をかばうようにふたりの間に立ち塞がっていた。


「マー君に、お願いがあります」


「またかよ……」


 備前は面倒臭そうに額を押さえた。


「あのなぁ佳代。こんなゴミを生かしておいてどうするつもりだよ。ここで恩を売ったって仇で返してくるのが目に見えてんだろ」


「そのときは……私が、私がこの人を……責任を持って殺します。そして、私も死にます」


「ほう……」


「佳代……」


 佳代の言葉に備前と石田はともに関心を示した。


「この人が、私のために、なんて言うのは本当に初めてだったの……だから」


 そして佳代は石田のほうへ振り向いて言う。


「だからあんたもお願い。もう、何も悪いことはしないで」


「わかってる。わかってる。もうしない。もうしない……助かるなら、もしも助かるなら、もう悪いことは何もしねぇ……まっとうになりてぇ、まっとうになりてぇよぉ……」


 石田も涙と土で顔をグチャグチャにしながら子供のように喚き散らかしていた。


 備前は場違いな雰囲気を感じ取りながらも、呆れたように大きくため息をついて見せることしかできなかった。


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