佳代(4)
簡易な造りの倉庫の中央に簡易なイス。そしてそのイスに手足の自由を封じられて縛り付けられていたのは石田だった。
「こ、ここはどこだ……?」
目の前にはひとりの男、備前が立っていた。それに気づくなり石田は声を上げる。
「あっ! テメェ! ふざけ……」
バゴッ! と鈍い音を立てて石田の座るイスが揺らいだ。
備前がその手に持ったバールで石田の頬を殴打した衝撃によるものだった。
「テメ……」
バゴッ! 有無を言わさずバールで殴る備前。
「ゴミが許可なく喋るな」
「んだと……」
バゴッ!
「わ、わかっ……」
バゴッ!
「……」
主導権は完全に備前が掌握した。
「俺の質問に最低限の言葉で、敬語を使って答えろ。……いや? お前の声がそもそも耳障りだ。はいかいいえで答えられる場合は首を縦か横に振って答えろ。わかったか?」
「わ、わかっ……」
バゴッ! 備前はそれを完全に抑揚のない表情で振り切っていた。
「さっきまで俺を散々殴っていたのは覚えているな?」
石田は迷いながらも首を縦に振った。
「では、どうして自分がこんな状況に陥ったかはわかるか?」
石田は首を横に振る。
備前は安堵を覚えながらもそれを悟らせぬよう無表情で続ける。
「俺は今、お前をどう扱うべきか迷っている。言いたいことがあるなら発言を許可する」
「ゆ、許してくれ……」
バゴッ!
「許してください……今後、二度とあなたや佳代には近付きません」
「ふむ……だが、俺にはそれが信用できん。どうしたら良いだろうか?」
「そ、そんなこと……わかりません……」
バゴッ!
「わ、わかった! それなら俺を気が済むまで殴ればいい……」
バゴッ!
「いや? しかしたしかに殴っているうちに俺の気が晴れるかも知れんな……そう言いたい訳か?」
石田は縦に頷いた。
「ふむ……では、お前、俺を何発殴ったか覚えているか?」
石田はおそるおそる首を横に振る。
バゴッ!
「50発くらいだったろうか。お前より少ないのも癪だ。倍の100回でいいかな?」
石田は覚悟を決めて縦に頷いた。
そこからは備前の一方的な殴打が続いた。しかしその約束の100回の殴打が終わったところで備前は平然と言った。
「やはり暴力は良くない。少しも気が晴れなかった……すまないがまったく気が変わらなかったので代替案を示してくれ」
その頃には石田も腫れ上がった顔、滴る血液でまともに言葉も発せない状態になっていた。
「困ったな。良い解決案が浮かばない……とりあえず殴るか」
石田はそのあまりに無表情でバールを振り切る備前にとてつもない恐怖を感じていた。
「許して……これ以上は、本当に死ん……」
バゴッ!
「死ぬのは勝手だが、俺の気が晴れねぇから困ってンだろうが」
バゴッ! バゴッ! バゴッ! バゴッ……!
備前は無言で殴打を続けていたが、やがて疲労によってそれを中断した。
「テ、テメェ……限度ってもんが……」
バゴッ!
「もうゼッテー許さねぇ……」
バゴッ!
「決めた……俺はもう、地獄の果てまでアンタを追いかけてやる……朝も、昼も、夜も、四六時中、心休まることのないよう、アンタに復讐してやるからな……」
石田は恨みのこもった表情で備前を見上げた。
そこで備前は殴打するのをやめた。
「そうか。それは困ったものだ」
「今さら後悔してもおせーぞ……俺を生きて帰したら、そこが地獄の始まりだ」
石田は不敵に笑って言ったが、備前もまたそれによって表情を崩すことはなかった。
「それを言われてしまっては俺も追い詰められてしまったな。もう手段はひとつしか残されていない」
「は?」
石田は一瞬放心したが、次の瞬間、備前の足の裏で押し倒すように突き飛ばされていた。
自身と繋がれたイスはそれによってバランスを崩し後方へと倒れる。そこには事前に用意されていた、人がすっぽりと入るほどの大きな穴が掘られており、石田の身体はイスごとそこへ転がり落ちた。
「口は災いの元だな……生かして帰せば大変なことになると言うから、俺はお前を生かして帰せなくなってしまった」
そう言う備前の手にはバールから持ち替えたスコップが握られていた。そしてその足元にはその穴を埋め尽くせるだけの土の山が盛り上がっている。
「お、おい! まさか俺を殺す気か!?」
石田はそこで初めて備前の狂気に気づいた様子であった。
「殺す? バカ言え。俺はただ埋めるだけだ……死にたきゃ勝手に死ね」
そう言って備前は淡々とスコップで身動きのできない石田に土を掛け始めた。
ザッ……! ザッ……! と土が積み上がっていく音が倉庫内に不気味に響く。
「さ、流石にそれだけはやめておけって! 殺人だぞ!? ただじゃすまねぇんだぞ!?」
ザッ……! ザッ……! だが備前はまったく動じない。
「罪っていうものは見つかるから罪になるんだ……安心しろ、お前は見つかったりしないのさ」
ザッ……! ザッ……! 備前は語りながらもスコップを動かす。
「ここは元々、30年ほど前に佳代の親が建てた倉庫なんだが、どういう訳かここの増設区画だけは基礎が完成していなくてな」
ザッ……! ザッ……!
「そのくせ登記だけはしてあって、バカみたいに固定資産税は払っている。ま、古き良き時代の名残なんだろうな」
ザッ……! ザッ……!
「お前を埋めたら、基礎をちゃんと固めようと思うんだ」
ザッ……! ザッ……!
「30年前から存在してる倉庫の下に、お前が埋まっている訳がなかろうよ」
ザッ……! ザッ……!
それを淡々と、無表情で備前は続けているのだった。
「じょ、冗談なんだろ……?」
ザッ……! ザッ……!
足元、胴体と徐々に自分の身体が埋まっていくのにつれ、石田の顔は青褪めていった。それでもまるでゴミを埋めるとしか思っていない様子の備前を見れば恐怖は積る一方だ。
「ひ、人殺し……」
「ははは。自分が人間みたいな言い方はよせよ」
ザッ……! ザッ……!
「わ、わかった! 本当に! 本当にもうアンタたちには金輪際、関わらない!」
「あ~。流石にちょっと腰が痛くなってきたな」
ザッ……! ザッ……!
もう、石田は首まで埋まっていた。
顔に少し掛かった土を辛うじて首を振るって凌ぐも、次はもう回避不可能だ。
石田の脳裏は恐怖と絶望に覆い尽くされていた。
これまで傍若無人に生きてきたツケが回ってきた。そしてそれを反省すべき機会はもう与えられない。目の前の備前は本気で自分を人間と思っていない。それはそうだ、自分は今まで人間として生きてこなかった正真正銘のクズなのだから。
いつしか石田の恐怖と絶望は、諦めに変わった。
それでも、生にしがみつくためには声を上げるしかなかった。
「や、やめ……」
ザッ……!
そして石田は声を発することさえできなくなった。
しかしそれさえもまだ終わりではない。
ザッ……! ザッ……!
自分の身体に圧し掛かる土の重みは徐々に増していく一方だ。
もう備前に自分を生かして帰す気がないのは明白だ。
石田は無駄に足掻くのをやめ、残された時間を人生の振り返りに向けた。







