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佳代(1)


 とある日の夕食時、備前の部屋のインターホンが鳴った。


「パパ、お客さんだよ?」


 当たり前のように居座る加奈子が言った。


「この時間じゃあ市の職員じゃねぇな」


 そう言って備前は立ち上がった。インターホンの室内受信機には佳代の姿が映っていた。


「なんだ、佳代じゃねぇか。どうしたんだ?」


 画面に映った佳代を見て備前は言った。


「実は、ちょっとマー君に相談したいことがあって……」


 言い難そうに身を捩る佳代を見て備前は答える。


「待ってろ。今、鍵を開ける」


 そうして通された佳代は食卓の前に座った加奈子を見て驚いた。


「どうして加奈子ちゃんがマー君の部屋に?」


「初回の保護費が出るまで無一文だからな。毎日、俺ん家にたかりに来てやがんだ」


「だってパパのごはん美味しーんだもん」


「そのぶん、保護費が出たらさっ引くからな」


「サイアクー!」


 そう言いつつも加奈子は楽しそうである。


「それより佳代、相談てなんだ?」


「えっと……」


 佳代は困ったように加奈子を見た。その視線の意味に気づくなり加奈子は笑って言う。


「あ。アタシなら大丈夫です。ごはんなら食べ終わったし、自分の部屋に戻ってますね~」


「おい待て小娘。食器くらい洗って行け。手数料を取るぞ」


「サイアクー!」


 結局、加奈子は文句を言いながら備前の分も食器を洗って自室に帰って行った。


「悪い。待たせたな」


 改めてふたりになったところで、備前はテーブルの前に座る加奈子に言った。


「ううん? 私こそ急にごめんね」


「構わん。それで? 相談とはなんのことだ?」


「それが……」


 佳代は少しの間を置いて続けた。


「私の、元夫のことなんだけど……」


「元夫? そういやお前の結婚式のときに見たきりだな。まだ若い頃だったからかも知れんが、随分とやんちゃそうな男だったよな」


「うん……そのまんま、上辺だけの人だったよ」


「若気の至り、か」


「本当にそう。手は出るわ、浮気はするわ。子供ができる前に出てってくれて本当に良かったとさえ今は思ってる」


「たしかお前と同い年で……離婚したのは10年以上前だったか? 今さらなんの関係があるんだ? ……いや待て、おおかた女が途切れて金に困ったから佳代にせびりに来たってところか。男としても衰える年頃だもんな」


「す、すごいねマー君……本当にそのとおり」


「こちとら腐るほどゴミを見てきたからな……それで? しつこいのか?」


「うん……話の通じる相手じゃないし、何をしてくるかわからないから恐いの。今、私ひとりで断り切れないだろうってわかっててしつこく迫って来るから本当に困ってて」


「警察には行ったのか?」


「行ったよ。でも現状なんの被害もないから、まともに取り合ってくれないし」


「てことは少なくとも、本業の輩ではないようだな」


「でも住所も知られてるし、アパートもあるから簡単には引越しできないし……」


「それで? お前は俺に何を期待しているんだ?」


「その……あのね?」


 佳代は上目づかいに備前を見た。


「佳代。そういうあざとく振舞うのは自分の歳を考えろ。たしかに見た目だけで言えば美人で若く見えるかも知れんが、お前もう38だろ。不快だ」


「ご、ごめんねマー君」


「俺に一役買ってほしいってことでいいのか?」


「お、お礼はするよ?」


「バカ言え。お前が俺になんのメリットを提供できるって言うんだ」


「そ、そうだけど……」


「まぁそれはいい。一応は身内だからな。見返りはなくて構わん、頼れ」


「本当!? ありがとうマー君!」


「で? 具体的にはどうすりゃいいんだ? パートナーのふりか?」


「ううん? あんまり迷惑はかけたくないから、名前だけ貸してもらえれば私のほうで断るよ」


「なんだ、健気な奴だな。それだけなら俺を気にせず勝手に言えば良かっただろ」


「ムリだよ。本当に何をするかわからないの。無断で巻き込めないよ」


「そんなにヤバい男なのか?」


「キレるとね。傷害で逮捕されたこともある……言ったでしょ? 話の通じる相手じゃないって」


「厄介だな。失うものが何もない、いわゆる『無敵の人』ってわけか」


「仮に警察沙汰になっても、そのあとが恐いよ……」


「なるべく穏便に解決したいってことだな」


「流石に新しいパートナーがいるとなれば引いてくれるとは思うんだ……」


「なるほどな。そういうことなら承知した。面倒だが今後も野良犬に近くをうろつかれるほうが迷惑だ、協力しよう」


「ありがとうマー君! こんなことを頼めるのはマー君しかいないから……」


「で? そいつはいつ来るんだ?」


「わかんない……このまえ貸した一万円がなくなったらまた来るんじゃないかな?」


「貸したのか!?」


「だって恐いんだよ……」


「ったく。そういうゴミは一度味をしめたら何度でも来るぞ」


「わかってる。わかってるけど……」


 完全に佳代は怯えていた。備前は重くため息をついた。


「わかった。そういうことならもうこれ以上ひとりで対応するな。次に来たら玄関を開けずに俺を呼べ」


「うん。ありがと」


「相談はそれだけか?」


「うん」


「なら今日のところは帰れ。小娘の相手にお前と、俺は疲れた」


「うん」


 佳代はそう答えたものの、少しも動こうとはしなかった。


「どうした? もう話は終わったろ? 俺はひとりでゆっくりしたいんだ」


「マー君。やっぱりお願いがもうひとつあった……」


「なんだ?」


「恐いから……今日、泊めて?」


「うっぜぇな。俺は今、ひとりでゆっくりしたいと言っただろ」


「お願い! お願いお願い! お・ね・が・い!」


「あぁもう! どいつもこいつも、うぜぇ女どもだな」


「ごめんねマー君」


 そう言いつつ手を合わせた佳代であったが、ふと何かに気づいた様子だった。


「もしかしてマー君、どいつもこいつもって、加奈子ちゃんも泊まったの?」


 備前は露骨に嫌な顔をして舌打ちをした。


「……オバケが恐いとか言い出したからだよ。家具もそろってねぇ最初だけだ」


「ふぅん。まぁいいけど。……男って本当に若い子が好きだよね~」


「どうやら締め出されたいようだな」


「うそうそうそうそ! もう黙ってる!」


「そうしろ。黙ってれば今日のところは置いといてやる」


「う、うん。ありがとうマー君」


 佳代は部屋の隅に小さくなった。


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