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6・クラリスを見守る神様(ルーシー視点)

《ルーシー視点》



 我は神だ。


 犬の姿を借り、スキル【聞き上手】を与えた少女──クラリスの近くにいて、彼女のことを見守っている。


 そんな彼女がいるウィンチェスター家であるが、酷い状況だった。

 過去の栄光に縋り、既得権益で好き放題やっている。


 貴族とはいえ、普通の家ならすぐに没落する。

 しかし今まで精霊の加護があったから上手くやっていた。

 加護がなくなれば、すぐに没落するだろう。


 さらにそれだけでは飽き足らず、ウィンチェスター家の者はクラリスのことを虐げていた。


 クラリスに我が授けたスキルは【聞き上手】。

 その真価をまともに見極められないウィンチェスター家の者どもは、愚かとしか言いようがない。


 彼女はろくな食事も与えられず、家の雑用を押し付けられていた。


 しかしそれでも、クラリスは前向きだった。

 そんな彼女の姿に、我は「人間の中にもこんな優しい子がいたのか」と感動したものだ。



 そうそう、ある日こんなことがあった。



 クラリスに懐いている犬の姿の我も、彼女と同様に酷い扱いを受けていた。

 だが、我は神だ。そもそも食事を取る必要がない。ゆえにクラリスとは違って、ご飯をろくに与えられなくても問題なかったが……。


『ルーシーもご飯、食べてないよね? 私のを食べて』


 とクラリスはただでさえ少ないご飯を、我に渡そうとしてきたのだ!


『くぅーん』


 犬らしい鳴き声を上げて、我は首を横に振る。


『食べないの? もしかして、私のことを気遣ってるとか? でもそんなこと、気にしなくていいよ。私、今日はなんだか食欲がないんだ』


 嘘だ。


 クラリスがいつも、お腹を空かせているのは知っている。我なんかよりも、それはクラリスが取るべきだ。


 だから我は頑として、クラリスからの施しを受け取らなかったが……。


『うーん、困ったね……あっ、そうだ』


 と言いながら、クラリスがカチカチになったパンを半分に割る。


『半分こならいいでしょ? 一緒に食べよ』


 半分こになったパンを、クラリスが我に差し出した。


 いくら断っても彼女は我にパンを食べさせようとする。

 我が食べなければ、自分も食べないとまで言い出した。

 ゆえに我は渋々半分こになったパンを口にした。


 こんな優しい子を虐げている家の者たちに、今すぐにでも断罪を下したい。

 しかし神である我が人間界の事情に干渉すると、世界のバランスを大きく崩す可能性があった。

 そう考えて静観した我ではあったが、それが間違いであったことを少ししてから悟った。



『クラリス。今日をもって、お前をウィンチェスター家から追放する』



 あの時、クラリスの父ロバートはクラリスに告げた。


 今まで悠長なことを考えていた。

 この家にいる者たちも、いつかは心を入れ替えるのでは……と。


 だが、その期待は裏切られた。

 こんな家にこのままいては、クラリスが腐ってしまう。この場所は彼女にふさわしくない。

 ゆえに我は家にいる者たちの横暴を見逃し、クラリスを奈落の森に逃すことにした。


 ……まあ、実際に彼女を奈落の森に突き落としたのはあの二人だがな。


 睡眠薬を飲まされた彼女が奈落の森に落とされ、地面に直撃しようかとした瞬間。

 我はクラリスの周りに結界魔法を張った。

 おかげで、クラリスには傷一つ付かなかった。


 そしてしばらくしてからクラリスは目を開け、こう叫んだ。


『た、大変っ! すぐにここから逃げないと!』

『心配するな。クラリスは我が守る』


 しかし我は彼女に優しく言う。


 そして彼女にスキル【聞き上手】の真価を説明する。

 彼女は驚いた様子ではあったが、比較的冷静なように見えた。


 それから魔物のジャイアントベアと言葉を交わし、実家から彼女を追いかけてきた精霊も味方に付けた。

 彼らは自分の声に耳を傾けてくれるクラリスを慕っていたし、彼女も楽しそうだった。

 あんな表情、ウィンチェスター家では見たことがなかった。



 そして現在。



 ジャイアントベアと精霊と一緒に家づくりをしているクラリスを見て、我は思うのだ。



 ──【聞き上手】を授けた人間が、彼女で本当によかった。



 何故なら、【聞き上手】は万物の声が聞こえるようになるスキル。


 精霊や魔物は人間と比べて、善良な存在だ。

 他者を疑うといったことをしない。

 もし悪の心を持った人間が【聞き上手】を持てば、彼らに甘い言葉を囁き、自分の欲望を満たすための道具にするだろう。


 しかしクラリスはそれをしない。

 そもそも、そんなことは頭にないようだ。


 スキルを悪用しないようにクラリスの近くにずっといたが……いつの間にか、目的が変わってしまっている。


 彼女を守りたい。


 そんな純粋な思いだ。


【聞き上手】は万物の声が聞こえるだけ。

 魔物や精霊がクラリスに心を開いたのは、彼女の誰にでも優しい性格のためなのだ。


 そして……我もそんな彼女の魅力に取り憑かれた者の一人だ。


「あれ、ルーシー? そんなところで、なにをぼーっとしてるの? 疲れた? 大丈夫かな」


 心配して声をかけてくれるクラリスに、我はこう返事をする。


『いや……ちょっと考えごとをしていただけだ。とはいえ、我も手伝うか。クラリスにばっかり働かせていては、精霊たちに怒られる』


 本来なら、【聞き上手】を授けた人間を見定めることが出来れば、すぐに人間界から姿を消すつもりだった。


 しかしその計画は軌道修正だ。

 彼女が危険な目に遭わないように、神である我が守る。


 あらためてそう決意して、我はクラリスに駆け寄った。

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