5・実家、精霊の加護が消える(エイヴリル視点)
《エイヴリル視点》
──精霊たちがウィンチェスター家を飛び出し、クラリスを追いかける少し前のこと。
「ようやく、あの無能な姉を追い出せましたわね! 屋敷が広く感じますわ!」
「全くだ! めでたい!」
クラリスの妹──エイヴリルはその父ロバートと、上機嫌にワインを飲み交わしていた。
(姉というだけで、わたくしはいつも下に見られていましたわ。ですが、スキルを授かって全てが変わった)
エイヴリルの授かったスキルは【大聖女】。治癒魔法や結界魔法に才を発揮し、この世界で一・二を争うほどのアタリスキルだ。
エイヴリルには様々な特権が与えられ、死ぬまで贅沢な暮らしが約束されている。
一方、姉のクラリスが授かったスキルは【聞き上手】。
正体不明のスキルだった。しかし名前からして、明らかにハズレスキルの類に属するものだろう。
とはいえ、スキルがどう覚醒するか分からず、父のロバートも彼女を家に置いていたが……それも今日で終わった。
(それにフレデリック様との婚約も、姉から奪いましたわ。あのお方に、姉はふさわしくなかったのですよ)
フレデリックは有力な公爵家の子爵で、将来は跡取りになることが確定している。
勉学運動ともに優れ、さらに容姿端麗。世の令嬢の寵愛を一身に受け、エイヴリルも彼に恋焦がれている者の一人だった。
(女性なんて選びたい放題の立場。それなのに……何故だか、フレデリック様は姉に惹かれていた)
理由は分からない。
姉も「フレデリック様との結婚は政略的なもの。そこに愛はない」と考えていた。
しかし妹のエイヴリルから見て、明らかにフレデリックは姉のことを溺愛していた。
そのことがなお一層、エイヴリルの苛立ちを増幅させ、毎日嫌な気持ちにさせられていたものだ。
(おそらく、姉に騙されていたのでしょう。わたくしがフレデリック様を救ってみせますわ! ああ! わたくしはなんて優しいのでしょう!)
お酒も頭に回ってきて、エイヴリルは今ここで踊り出したい衝動にも駆られた。
「姉は生きているでしょうか?」
「はっはっは! エイヴリルはおかしなことを言うな。奈落の森の下に突き落としたんだ。生きてるはずがない。万が一、生きながらえたとしても、あの森に巣食う魔物どもに殺されているよ」
「そうですわね! 奈落の森にはジャイアントベアと呼ばれる、怖い怖い魔物がいると聞いていますわ。わたくしならともかく、【聞き上手】だなんてハズレスキルが持っている姉が生きているはずがないですわ!」
とエイヴリルが父と話していると……。
「大変です!」
ドアが勢いよく開けられ、メイドが中に入ってきた。
「なにごとだ! 今、私は良い気分なんだ。それを邪魔するということは、どういう意味か……分かっているよな?」
「す、すみません! ですが、屋敷の庭園が大変なことに……」
「なぬっ?」
父が眉根をひそめる。
エイヴリルたちはメイドから報告を受け、ふらつく足取りで庭園に向かった。
そこで彼女たちは、信じられない光景を目にしてしまう。
「どうして!? 庭園の花や草木が枯れていますわ!」
エイヴリルの嘆きの声が庭園に響く。
ウィンチェスター家の庭園は美しく、貴族間の投票で決められる『ベスト・オブ・ガーデン』に選出されたほどだ。
しかし今はなんということだろうか。
あれほど色とりどりだった庭園が、今では茶一色になっている。
これでは貴族の庭ではなく、廃墟と説明された方がまだ納得出来る。
それほどの変貌っぷりだ。
「おい! 庭師はどうしてる! どうして、こうなるまで放っておいた!?」
「に、庭師の方もどうしてこうなったのかも分かっていないようです! それに花や草木が枯れたのは突然のこと。仮に庭師の方がサボっていても、こうはならないはずですわ!」
「ええい! 言い訳は聞きたくないわ!」
ガンッ!
父は怒りのままメイドを殴りつける。
しかしエイヴリルはそれを見ても、なにも思わない。使用人は奴隷のようなもの。仕事をサボっていたら、たとえ殴ってでも罰を与えるのは貴族として当然の行いだと教えられてきたからだ
「お父様! とにかく、庭師の方を吊し上げましょう! きっと、なにか原因が……」
とエイヴリルが言葉を続けようとした時であった。
『やっぱり人間ってバカだよねー。すぐに他人のせいにする』
『どうして同じ人間なのに、歪み合うんだろう? 精霊の僕たちからしたら理解に苦しむよね』
突如、枯れた庭園に緑色の光が灯り出す。
「なんだこれは……?」
見慣れない光に、父ロバートが怪訝そうな顔つきになる。
「も、もしかして……これは精霊なのでは!? わたくし、本で読んだことがありますわ」
「な、なんだって!?」
エイヴリルの言葉に、父は驚愕の声を発する。
『だからそう言ってるじゃん』
『ダメだよ。この二人には僕たちの声は聞こえないんだから』
『そういえばそうだったね! 僕たちとお話し出来るのは、クラリスだけだもんね!』
精霊たちが笑いながら話し合う。
しかし──無論、その声はエイヴリルたちには届かない。
精霊の声が聞けるのは、この世界においてただ一人。
【聞き上手】のスキルを持っているクラリスだけだからだ。
『ねえ、早くクラリスのところに行こうよ』
『そうだね。クラリスはいつも僕たちに優しくしてくれたけど、こいつらは植物を自分たちを着飾るものとしか思ってなかったから』
『こんなところにいるだけ時間の無駄だからね!』
『でも、その前に……』
エイヴリルたちには聞こえない声で、精霊たちが言葉を交わしていると。
「聞いたことがあるぞ! 精霊の加護があれば、枯れた大地も一瞬で蘇らせられると! こいつらを引っ捕えるんだ!」
父ロバートが駆け出し、緑色の光──精霊に手を伸ばす。
しかし精霊はそれをするっとすり抜け、彼を魔力で包む。
「む……? 体が浮く……?」
「お父様! 今、助けますわ!」
エイヴリルがすぐさま魔法を発動し、ふわふわと宙に浮く父を救出しようとする。
だが、たとえ【大聖女】スキル持ちだとしても、彼女はただの人間。魔法の生みの親とも言われている、精霊に勝てるはずがなかった。
「うわああああああ!」
そのまま父ロバートは庭の池に落とされた。
『ははは! 良い様だよ。これまで、クラリスにしたことを考えたら、これくらい大したことないんだから!』
『あの女もクラリスをイジめてたよ。だから……』
「わ、わたくしの体も宙に……?」
エイヴリルの体も宙に浮き、彼女は四肢をバタつかせて難から逃れようとする。
しかし全てが無駄なのだ。
結局、エイヴリルも父ロバートと同じように庭に落とされてしまった。
『あー、すっきりしたー!』
『仕返しも済んだところで、クラリスのところに行こうよ! 僕、早くクラリスに会いたい!』
緑色の光──精霊がふらふらと屋敷から離れていく。
その光景を、エイヴリルたちは黙って見ることしか出来なかった。
「〜〜〜〜〜〜〜! 精霊にしてやられるなど屈辱だ!」
「このお池、臭いですわ! 植物だけではなく、池も汚染されているっていうの!?」
全身びしょ濡れになって、エイヴリルと父ロバートは騒いでいた。
──しかし、彼女らはまだ知らない。
これはまだ破滅の序章。
精霊の心は、人間と比べて清らか。ゆえにこの程度の可愛い仕返しで済んだのだ……と。
精霊が屋敷からいなくなったことにより、ウィンチェスター家は彼らの加護を手放してしまうことなった。
結果的にウィンチェスター家は没落していき、路頭に迷うことになる。
一方、ウィンチェスター家から追い出されたクラリスは幸せを掴み、奈落の森で楽しく暮らしていくことになる。
神のぞ知る未来の話だ。
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