3・魔物は意外と話が分かるやつ
「ま、魔物!?」
私は咄嗟に身構えて、巨大な熊を見据える。
『そうだな。どうやら、この森に棲むジャイアントベアのようだ。しかもかなり強い』
「どうして、そんなに呑気なの!?」
ジャイアントベアっていったら、高ランクの冒険者が集団になって戦っても手こずる相手じゃん! しかもルーシーが、かなり強いって言ってるし!
私はルーシーを抱える。
「逃げるよ!」
『まあ待て。なにごとも話し合いが大事だ。意外と話が分かるヤツかもしれぬぞ?』
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ!」
ジャイアントベアをよく見たら、目が血走っている。
口から涎を垂らし「ぐるる……」と唸っているし、どう考えても、私たちのことを食糧だとしか思ってないよね?
「ぐおおおおおー!」
そして私の考えは当たったようで。
ジャイアントベアは右腕を上げ、私たちに振り下ろした。
「……っ!」
目を瞑って、すぐに来るであろう衝撃に耐える。
しかし。
『我のクラリスに手を出すとは、良い度胸だ』
ガチィィイイイインッッ!
そんな音が聞こえたかと思って目を開けたら、振り下ろしたジャイアントベアの右腕が見えない壁によって阻まれていた。
「!?!?!?」
ジャイアントベアは戸惑い、ふらふらと後退する。
『どういうことだ!? 結界魔法だと? 俺の攻撃がそんな簡単に防がれるとは……』
「あれ? ジャイアントベアさんの声が聞こえる」
私が呟くと、ジャイアントベアはさらに大きく目を見開いた。
『お前……俺の声が聞こえるのか?』
「うん、そうみたい」
『言っただろう? 【聞き上手】は万物の声が聞こえるようになると。魔物とて、それは例外ではない』
ルーシーがそう説明してくれる。
ジャイアントベアからは、既に殺意は消えている。
『結界魔法を張ったのは、そっちの犬だな? お前らは一体……』
『我は神だ。汝の攻撃を防ぐなど、赤子をあやすようなものである』
『か、神様あああああ!?』
ジャイアントベアが驚愕の声を発する。
私はルーシーとジャイアントベアが喋っているのを見て、こう告げるのであった。
「えーっと……とにかく、落ち着いて話しましょ?」
私は丁度いい感じの切り株に座って、自己紹介もかねてジャイアントベアとお話ししていた。
『なんと……そんな事情があったとは。冬籠の準備で気が立っていたとはいえ、いきなり攻撃してすいやせん』
しゅんと項垂れるジャイアントベア。
まさか本当に話し合いで、ものごとが解決するとは思っていなかった。
全然話を聞いてくれないお父様と妹の存在があったからね。どうしても、私の頭の中から「話し合いで平和的に解決」という選択肢が抜け落ちてしまっているのは否めない。
「大丈夫だよ。急に私みたいな小娘を見て、ビックリしただろうしね」
『ここにやってくる人間は、何故か俺たちを見るなり攻撃してきますんで。だから自衛のために今まで戦っていましたが……まさか人間の中にも、あなたのような話が分かる者がいるとは思っていませんでした』
そしてジャイアントベアはルーシーの方を向き直して。
『なにより、神様。いきなり、あなたを攻撃してすいやせんでした。どうか命だけはお助けを……』
『我はいい。汝ら魔物どもの事情は分かっているしな。しかし……クラリスはどうだ? 恐怖を感じたのではないか? こいつに、なにか罰を与えようか?』
「もちろん、怖かったよ。でも罰なんて与えなくてもいい。怖いのはお互い様なわけだし」
『あ、ありがとうございます……! なんとお優しい!』
頭を下げるジャイアントベア。
礼儀正しい魔物である。
やっぱ魔物は見た目で判断しちゃダメだね(?)
「それにしても、ルーシーが神様ってすぐに信じてくれるんだね?」
『ん? だって、神だって名乗っているんですから。どうして疑う必要があるんですか?』
とジャイアントベアは首をかしげる。
もしかして……嘘を吐いたりして相手を騙すのは、人間の専売特許なのかな?
だから疑ったりせず、ジャイアントベアも私たちの言ってることをすぐに信じると。
「そう考えたら、人間の方が心が汚いかもしれないね……」
『そうだな。そういった一面があるかもしれない』
と言うのはルーシー。
『そもそもここが本当に危険な場所なら、我が許すはずがない。いくら人間界に干渉出来ないとはいえ、あの家にいる者どもを消してでもクラリスを守っていただろう』
「そうなの?」
『うむ。心が清らかなクラリスは、こっちの方が住みやすいと思ってな。我も人間どもに、あまり干渉したくない。クラリスがよければ、しばらくはこっちで暮らす方がいいと思うが……どう思う?』
ルーシーがそう質問を投げかける。
私はうーんと一頻り考える。
ここにいたら、これから人間と出会うことは滅多になくなるだろう。
不便を強いられるかもしれない。
だけど私には【聞き上手】がある。
ジャイアントベアの他にも魔物さんはいるだろうし、話し相手には困らない。
ルーシーの言うことを信じたら、どうやらここはそこまで危なくないみただし。
だったら。
「私も……ここで暮らしたいかな? まあ未来のことは分からないけどね。ちょっと落ち着いてきたら、やっぱり人里に帰りたくなるかもしれない。それでもいいかな?」
『無論だ。我はクラリスのしたいようにすればいいと思うぞ』
『俺もです。クラリスの姉御のような人間なら歓迎します』
「姉御? それって私のこと?」
と自分を指さす。
『当然です。クラリスの姉御は神様を従えているんですから。つまり俺より上です。それとも姉御という呼ばれ方は嫌ですか?』
「いや……別に好きなように呼んでくれればいいよ。だけど上とか下はなし。私たちはみんな平等。そういう考え方だけはやめてね」
『承知しました』
うーん、でも『姉御』と呼ばれるのはいいんだけど、私が『ジャイアントベア』って魔物の個体名で呼び続けるのも、なんだかそっけないよね。
「ジャイアントベア……熊さん……そうだ。あなたのことは『クーちゃん』って呼んでもいいかな? そっちの方が可愛いし」
『ハハハ! クーちゃんですか。名前を付けられるだなんて初めてですよ! 気に入りました』
豪快に笑うジャイアントベア、もといクーちゃん。
こういうところは、ちょっと魔物っぽいんだね。
最初はどうなることかと思ったけど、これから楽しくなりそうだ。
『姉御がこの森にいるとなったら、まずは住居ですね。魔物の俺とは違って、固い地面の上で寝るのは嫌でしょう?』
「私はそれでもいいんだけどね。そういうのには慣れてるし」
なにせ実家ではベッドなんて上等なものは与えられていなかったし。天井裏の床の上にシーツを敷いて、そこで横になってた。そのせいで慢性的に体が痛い。
『そういうわけにもいかん。これからクラリスは幸せな人生を送らなければならないんだ。家くらいはないといかん』
と語るのはルーシー。
「気遣ってくれて、ありがと。でも人間が住む家なんて、そう簡単に作れるもんじゃないし……」
『その心配はご無用です』
とクーちゃんが言って、パンパンと手を叩く。
するとどこからともなく、小さな熊さんがたくさん現れた。
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