15・そして実家は公爵家からも見捨てられる(エイヴリル視点)
《エイヴリル家》
一方、ウィンチェスター家。
屋敷内は慌ただしい雰囲気が流れていた。
最近の不運にも起因しているが……そんなことがどうでもよくなるほど、今日は彼女らにとって大切なな人が訪問してくるからである。
その大切な人とは……フレデリックである。
公爵家の次期跡取り子息で、少し前までクラリスの婚約者だった男。
しかしクラリスが実家から追放されることによって、自動的に婚約は解消。代わりに彼女の妹エイヴリルが、フレデリックの婚約者となった。
……というのはまだウィンチェスター家が描いている未来図。
最近はごたごたしていたため、未だにフレデリックにそれを伝えられずにいた。
今日の訪問はフレデリックにクラリスとの婚約解消を告げ、エイヴリルとの婚約が結ばれる記念すべき日である。
エイヴリル自身は姉より優れている自信があったし、それは父ロバートも同様である。
ゆえに二人は勝利を疑っていなかったが……。
「な、なにがあったのですか? しばらく見ないうちに、屋敷が酷いことになっていますが……」
フレデリックはウィンチェスター家に現れるなり、そう震えた声を発していた。
ベスト・オブ・ガーデンにも選ばれた庭園が、廃墟のようになっていて。
先日の嵐によって、屋敷はボロボロ。
このような状況では、フレデリックがそう言うのも仕方がなかった。
「じ、実は最近、色々と不幸が起こりましてな」
しかしロバートは動揺を隠しつつ、答えていた。
「不幸?」
「はい。庭師がどうやら除草剤を庭園に巻いていたそうなんです。おそらく、ウィンチェスター家に恨みを持った貴族からのスパイだったのでしょう。さらには屋敷も老朽化が進んでいたようで、嵐によって甚大な被害を受け……」
「ああ! それは大変だったのですね。心中お察しします」
とフレデリックは鎮痛な面持ちをする。
そしてなにかを探すように、きょろきょろと首を動かす。
「クラリスさんは大丈夫でしょうか? 彼女は優しい人間です。スパイの件も、さぞ心を痛めているでしょう。クラリスさんが心配です。早くクラリスさんに会いたい……」
「そのことですが……」
きた。
今日の本題だ。
父ロバートが説明するよりも早く、エイヴリルは一歩前に出て淑女らしく一礼する。
今にも倒れそうなくらい冷や汗を流しているロバートに代わって、エイヴリルがすらすらと言葉を紡いだ。
「ご報告が遅れて、申し訳ございません。実は姉のクラリスですが、家から追い出しましたわ」
「追い出し……た……?」
「はい。フレデリック様もご存じの通り、姉は【聞き上手】というハズレスキルを授かりましたわ。あんなのは名門ウィンチェスター家にふさわしくない。一方のわたくしのスキルは【大聖女】。ウィンチェスター家の顔として、ふさわしいですもの」
「…………」
なにを考えているのだろうか。
フレデリックはエイヴリルの言葉にじっと耳を傾けている。
それに臆さず、エイヴリルは話を続ける。
「そこで……姉に代わりまして、わたくしがフレデリック様と婚約を結べればと思います。その方がフレデリック様もお幸せに……」
「君はなにを言っているんだ!」
怒声。
フレデリックは穏やかで、声を荒らげたりしない男性だ。
そんな彼が聞いたことのない声を出し、鬼気迫る表情になっているのだから、さすがのエイヴリルとて「え……」と言葉を失う。
「クラリスさんをここから追い出しただけでも大罪だというのに、僕の断りもなしに婚約破棄? しかも代わりに君が僕と婚約? 僕をバカにするのも大概にしてくれ」
「で、ですが! わたくしのスキルは【大聖女】で……」
「ふんっ、それがなんになる? 確かに君のスキルは珍しいものだ。しかし君以上のスキルと力を持った者を、僕は何人も知っている。そんな僕からして、君なんて路傍の石そのものだよ」
一方──とフレデリックはさらに彼女たちを責め立てる。
「クラリスさんのスキルは確かに、一般的にハズレスキルと呼ばれるものかもしれない。しかしそれがなんになる? 僕はクラリスさんの優しい心に惹かれたんだ。そもそも高スキル所持者が必要なら、それ相応の人を雇えばいいだけ。わざわざ君と婚約する必要なんて感じないね」
「そ、それだけではありません! わたくしは姉よりも美しい! スキルなどなくても、世の男性から引っ張りだこで……」
「まあ……言い方は悪いけど、田舎だったらそうかもしれないね。だけど君レベルの容姿なんて、王都の社交界に出たらいくらでもいる。君は自己評価が高すぎるんだ。もう少し、下方修正した方がいいのでは?」
「そ、そんな……」
とエイヴリルは愕然とする。
こんなことを言われたのは初めてだった。
会った人全員に「エイヴリルは美しい」「君みたいな娘が欲しかった」「是非、妻になって欲しい」と言われた。
それを彼女は心地よく感じていたし、さらにお金をかけて容姿を磨いていた。
(もしかして……みなさん、わたくしに気を遣っていただけ? みなさんもフレデリック様と同じことを思っていた?)
確かに、よく考えてみれば。
わざわざ目の前の貴族に向かって「君は大したことない」と失礼なことを言う人間はなかなかいないだろう。
そこそこの女性がいれば「美しい」「可愛い」とお世辞を言うだろうし、幼い頃から人を褒めることに慣れている貴族はなおさらだ。
エイヴリルの自信が音を立てて崩壊していく。
「……僕はクラリスさんとの婚約解消を承諾するつもりはない」
きっぱりと言い放つフレデリック。
「バカな君たちなんか、どうでもいい。すぐにでもクラリスさんに会いたい。家を出た彼女は、一体どこに?」
「そ、それが! クラリスの行き先は知らないのです!」
ショックのせいでなにも言い返せなくなっているエイヴリルの代わりに、父ロバートが答える。
「知らない? 娘の行動も把握していないのか」
「娘とは縁を切りました。あの子がどうなってもいい……と。だからクラリスが今どこにいるか知らないのです」
奈落の森に捨ててきた。
……なんて、本当のことを伝えるわけにもいかなかったのだろう。
そんなことを今のフレデリックに言えば、見る見るうちに顔を真っ赤にして激怒するのは、さすがのエイヴリルでも予想出来た。
「……そうか」
そう言って、フレデリックはエイヴリルたちに背を向ける。
「もう君たちには、なにも期待していない。悪いが、ウィンチェスター家との関係もここで終わりだ」
「そ、そんなあ!」
父ロバートが情けない声を出す。
ウィンチェスター家は名門とはいえ、有力な公爵家と関係がなくなるのはまずい!
公爵家という盾があったからこそ、エイヴリルたちは今まで好き放題出来ていた。
いずれ肩代わりしてもらおうと思って、借金もしてきた。
それなのに今、フレデリックとの関係がなくなってしまっては、ウィンチェスター家は崩壊する。
父ロバートもそれを深く理解しているのだろう。
惨めったらしく、フレデリックの服を掴む。
「フレデリック様、どうかお話を!」
「ええい! 往生際が悪い! このことは後日、公爵家から正式に抗議させてもらう! だから僕はすぐにでもクラリスさんを探しにいかないといけないんだ。彼女が遠くに行ってしまわないまでに!」
「チャ、チャンスを与えてください! クラリスを探し出します! そして婚約解消もなしにします! だからどうか、チャンスを私めたちにお与えください!」
「……ふんっ」
鼻で息をして、フレデリックは父ロバートを振り払う。
「いいだろう。僕としてもクラリスさんが戻ってくるなら、ウィンチェスター家と良好な関係を築くのもやぶさかではない。クラリスさんを絶対に探し出せ。もし彼女が見つからなかったら……その時は本当にウィンチェスター家との関係は断絶させてもらう」
「お、お任せください!」
首の皮一枚繋がった。
怒るフレデリックが屋敷から去っていくのを見届け、すぐにエイヴリルとロバートは話し合った。
「た、大変なことになった! どうしてこうなった!」
「全部、姉のクラリスが悪いですわ! あの子、フレデリックを誘惑して取り入っていたのです!」
「なんということだ! あいつはそんなに股の軽い女だったのか!」
「そんなことより、すぐに姉を連れ戻しましょう! 時間がかかったら、またフレデリック様の怒りを買ってしまうことになりますわ」
「しかしあいつは奈落の森に落としたんだぞ!? 生きてるとは思えない。それにどうやって、あそこに探しにいくつもりだ? あんな凶悪な魔物がいる場所に、誰が調査にいく?」
「それを考えるのがお父様の役目でしょうが!」
怒声が飛び交う。
今まで父ロバートと喧嘩などしたことがなかった。
しかしこのままではウィンチェスター家が終わってしまう焦りから、エイヴリルたちはいつまでも声を荒らげるのであった。
【作者からのお願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これで第一部完結となります。
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