13・邪竜さんの病気を治しました
「びょ、病気……だと?」
ロランは不可解そうな表情で口を動かす。
彼がこういう表情をするのも仕方がない。
それほど私の言い出したことは荒唐無稽なことだったからだ。
「ロランは『邪竜は強大すぎる力のせいで封印するしかなかった』と言っていたよね?」
「そうだ。邪竜の封印が解かれれば再び世界が災厄に包まれる。だから……」
「それが間違っていたんだよ。邪竜の病気を治す術がなかったから、ロランのご先祖様は邪竜を封印するしかなかったんだ」
長い年月を経て、いつの間にか情報が歪められていたのかもしれない。
それとも、悪意ある者が邪竜に近付かないように、わざと間違った情報を流したのかもしれない。
どちらにせよ、ロランの先祖は邪竜を救おうとしていた。
「どうして、そんなことをする必要がある?」
「きっと、彼らでは邪竜の病気を治す術がなかったから。封印することによって、病気の進行を止めた。そして……未来の世界で病気の治療法が確立、もしくは治すことが出来る人が現れるのを待ったんだと思う」
「そんなバカな……どうして君にそれが分かる? 俺は長年、邪竜の封印を管理する使命を帯びていた。そんな俺が分からなかったのだぞ。それなのに……」
「この子が言ってるから」
と私は邪竜に視線を移す。
「そうだよね、邪竜さん」
『その通りだよ。君は……僕の声が聞こえていたのかい?』
姿に似合わず、邪竜は優しい声をしていた。
「うん。私は凄腕の魔獣使いだから」
ロランが宝玉を発動し再封印しようかとした時、この邪竜は私にずっと訴え続けていた。
その声が届くものとは思っていなかったのだろう。
しかし声は私に届いた。
何故なら、私にはスキル【聞き上手】があるからだ。
そしてそれは私だけではなくて。
「ルーシーも分かってたんだよね?」
『うむ。封印が解かれて、すぐに邪竜の状態は分かった。邪竜は竜特有の病におかされている。徐々に魔力がなくなり、最終的には命の燈が消えてしまう……そんな病にな』
「どうしてすぐに言ってくれなかったのかな?」
と頬を膨らませて、ルーシーを問い詰める。
邪竜が姿を現した時から妙におとなしいと思ったけど……ルーシーが言ってくれたら、こんな切羽詰まった状況にならなかったもん。
『……クラリスを守るために力を行使するとは言ったが、我はあまりこの世界に干渉してはいけないのだ。我の力は強大で、世界のバランスを崩すことに繋がる』
「だから黙ってたってこと?」
『そうだ。邪竜が暴れ出したとしても、我なら結界を張ってクラリスを守ることが出来るしな。ゆえにクラリスの判断に任せようと思った。色々と納得出来ないこともあると思うが……許せ』
ルーシーはそう頭を下げる。
こんな顔を見てちゃ、これ以上文句は言えない。それに神様だって事情があるんだ。ここまで力を貸してくれるだけでも感謝しなきゃだね。
「しかし……だな」
ロランは腕を組んで口を動かす。
こうしている間にも邪竜が暴れ出さないことを見て、警戒心を解いたみたいだった。
「仮に君の言うことが本当だとしよう。だが、それがなんになる? 邪竜の体を蝕んでいる病いを治すことが出来るのか? もし治せないとするなら、どちらにせよまた封印するしかないのではないか」
ロランの言ってることはごもっともだ。
私は【聞き上手】のスキルを持っていること以外は普通の少女。邪竜の治し方だなんて、知ってるわけがない。
だけど私には心強い味方がいる。
「ルーシー。邪竜さんの病気を治せないかな?」
『その程度はお安いご用だ。人間界に干渉してはいけない……とはいえ、クラリスがそう望むなら我は汝の願いを叶える。我にどうして欲しい?』
「そんなの決まってるよ。邪竜さんの病気を治してあげて! 邪竜さんを苦しみから解放させてあげたい……それが私の願いだよ」
『その願い、聞き届けたぞ』
とルーシーは頷いて、魔力を外に放出する。
神々しい魔力は邪竜の体に吸収されていく。それによって邪竜の闇が霧散。そしてルーシーが魔力放出をやめた頃には……。
「じゃ、邪竜の体が白く生まれ変わったと!?」
ロランが驚きの声を上げる。
漆黒だった体の色が、今では嘘のように真っ白になっている。
つぶらな瞳には緑色が宿り、禍々しい魔力が完全に消滅して穏やかな気を放っていた。
『ああ……気持ちいい。こんな感覚は久しぶりだよ』
邪竜は病気が治ったことを噛み締めるように目を瞑る。そして再び目を開け、私を真っ直ぐ見つめた。
『ありがとう。君たちのおかげで助かった。どれだかお礼の言葉を重ねても足りない』
「ううん、別にいいの。それにあなたの病気を治したのはルーシーだから。ルーシーに言ってあげて」
『我は問題ないぞ。それに見た目に騙されず、邪竜の声に真摯に耳を傾けて最終決断を下したのはクラリスだ。我はその手伝いをしただけ。礼ならクラリス一人に言うがいい』
すごいことをやってのけたというのに、ルーシーは涼しげな表情。
神様にしたら、こんなものは朝飯前ってこと? やっぱり、ルーシーはすごい!
「ああ……俺はなにを見せられているんだ。邪竜の封印が解かれたかと思ったら、体が白くなった。それに病気を治したのはルーシー……その犬だと? 俺の信じ続けたことは一体……」
ロランにいたってはふらふらになって、またオークの時みたいに気絶しそうになる。
私は彼が倒れてしまいそうになる前に体を支え、優しく微笑みかける。
「余計なこと……しちゃったかな?」
「いや、そんなことはない。邪竜とどのような言葉を交わしたのかは分からないが、この様子だと君の言っていることは全て本当だったんだろう。そして……病気を治療したことも」
「あまり深く詮索しないんだね?」
「そういう取り決めだったからな──いや、さすがに気になるか? これを放置するのはさすがに呑気すぎるか? だ、だが、彼女は恩人ではあるし……俺も本当のことを全て言っていないし……」
あっ。
またロランがぶつぶつと呟いて、一人の世界に入っちゃった。
ロランがいるのにルーシーの力をいっぱい使っちゃって、さすがに怪しまれるかな?
だけど過ぎたことはしょうがない。
それにあのままだったら、邪竜はずっと病気で苦しむことになってたからな。
人助けならぬ『ドラゴン助け』も出来たし、細かいことは気にしないのである。
だけど一つ気になったことは。
「邪竜さん……って言ったけど、あなたは本当に邪竜なの? 私たち人間の間では、人や社会に害をなすドラゴンを邪竜と言ってるんだけど……」
『僕はそんな悪いドラゴンなんかじゃないよ。昔はこの地を守る『守護竜ニーズヘッグ』と呼ばれていたんだ』
「しゅごりゅう」
『うん。病気のせいで体が闇の魔力に囚われてしまったけど……今の僕が本来の姿ってわけ』
そうか……そう考えれば、ロランの先祖様がこのドラゴンの病気を治そうとした理由も納得出来るね。
「うーん、だったら邪竜さんって呼ぶのは変だね。えーっと……ニーズヘッグときたら……『ニーズちゃん』って呼んでもいいかな?」
『うん。なんでもいいよ。君には好きなように呼んで欲しい』
と邪竜あらためニーズちゃんが穏やかな笑みを浮かべる。
これで一件落着。
ニーズちゃんの病気も治ったし、彼(彼女?)が人間に害をなすドラゴンじゃなかったら、ロランもわざわざ再封印しようとは思わないのだろう。
でも、問題が一つ残っているとするなら。
「お、俺はなにを見せられているんだ。魔獣使いの女の子が奈落の森に住んでいただけでも驚きなのに、ドラゴンと仲良くなった。しかもそのドラゴンは俺が長年、研究し続けていた邪竜だ。さらにニーズちゃんなんて友達みたいな名前を付けて……」
目を回し、またもや気絶してしまいそうなロランをどうすればいいんだろう?




