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料理人

Q:無敵の勇者を殺す方法を答えよ

A:毒で殺す

 フォークが皿に当たるカチャカチャという音が断続的に聞こえる。本来王族が並ぶはずの食堂には今、勇者だけが座り、運ばれてくる料理を無言で口に運んでいる。テーブルマナーとは無縁の食事に苦言を呈する者はいない。そのような人間はすでに墓場の住人になっていた。

 料理長は勇者の傍らに控え、食事の様子を見つめている。三十代半ばの、理知的な面差しをした穏やかな雰囲気を纏うその男は、冷やした複数のボトルを脇に置き、勇者のグラスをすぐに満たせるように待機しているらしい。意外というべきか、勇者は酒を好まず、もっぱら新鮮な果物の果汁を求めた。勇者はその強大な力に比して不釣り合いなほどの幼稚さをしばしば露呈するが、酒が飲めない、ということもまた、勇者のアンバランスな精神を強調するものとして人々に認識されている。

 デザートを食べ終え、勇者は席を立つ。食事の感想も料理長への労いも、示されたことは一度もない。食堂を出る勇者の背中に料理長は深く頭を下げた。




 勇者は世界の王となったが、およそ政治に興味を示すことはなく、義務と呼ばれるものは全て臣下に任せて、自らは享楽に耽る毎日を送った。気まぐれに城を出て、気まぐれに壊し、気まぐれに奪い、稀に誰かを助けもした。どこかから奪った金を別の場所にばらまき、食糧庫を解放して人々に配った翌日に重税を課す。勇者はいったい何がしたいのかと、人々は困惑し、振り回され、怨嗟を募らせている。




「今日は、豪勢だな」


 勇者が珍しく料理について感想を漏らした。テーブルの上には確かに、常になく豪華な料理が並べられている。香辛料をふんだんに使った肉料理、貴重な油を惜しげもなく用いた揚げ料理、黄金色に透き通るスープ、色鮮やかな果物。勇者が一品ずつ運ばれてくるコース料理を好まず、常に全て最初から置いておくように命じたことによって、テーブルの上は料理がひしめき合って隙間もない。


「お忘れですか? 今日は貴方が魔王を滅ぼした記念日ですよ」


 料理長は驚いたように目を丸くする。勇者は「ああ」と興味のなさそうに言った。本来ならば国を挙げての祝賀となるべき日であろうに、誰もそれを祝おうとしないことが、世界における勇者に対する認識を示している。


「俺の好物ばかりだ」


 どこか嬉しそうに勇者はテーブルを見渡した。料理長は微笑み、グラスに搾りたてのオレンジの果汁を注ぐ。勇者はグラスを受け取り、そして、虚ろな瞳で料理長を見据えた。


「まず、お前が食べてみろ」


 料理長が動きを止める。その額にわずかに汗が滲んだ。




 世界は今、勇者を災害として認識している。勇者がまき散らす惨禍は人の身に抗いようもなく、ただ黙って耐える以外にない。しかし、いつか嵐が過ぎゆくように、明けぬ夜が無いように、人々は勇者の退場を、その死を、願っている。勇者はそれを知っているだろうか? それとも、知らぬふりをしているのだろうか? 誰からも望まれぬ英雄となりながら、勇者はその行いを変える様子もなかった。




「いつ、お気づきに?」


 料理長は、少なくとも表面上は、顔色を変えることもなく穏やかに微笑んだままだ。勇者は不快そうに鼻を鳴らした。


「最初からだ。この料理に殺意が見えた。俺の持つ『加護』は殺意に敏感でな」


 そうですか、と料理長は小さく息を吐いた。


「香辛料を使ったり、匂いの強い果物を用意したりと、工夫はしたのですが」

「無駄な努力だったな」


 斬って捨てるような勇者の口調に料理長は苦笑いを浮かべる。


「いつからだ?」


 今度は勇者が、料理長が口にしたのと同じ質問をした。料理長もまた勇者と同じ答えを返す。


「最初からです。ずっと機会を窺っておりました」


 そうか、と勇者はつぶやき、おもむろに料理を口に運ぶ。料理長は驚きに目を見開いた。ためらいなく咀嚼し、勇者は料理を飲みこむ。


「俺に毒は効かん」


 一皿を平らげ、勇者は料理長を見上げた。脱力したように料理長は笑い、手近な皿から料理をつまんで口に入れた。


「……ああ、味が濁っている。毒など入れなければ、この料理はもっと美味しかったのですよ」


 料理長の身体がぐらりと揺れ、床に倒れる。絶命した料理長の傍らに立ち、その骸を無表情に見下ろして、勇者はポツリとつぶやいた。


「お前の作る料理は、美味かったんだけど、な」




 出ていけ、と勇者に言われた翌日、他のメイドと共に仕事をこなしていた黒髪の少女は勇者に呼び出され、叱責を受けた。


「どうして今朝はお前が来ない!」


 困惑を浮かべ、出て行けと言われたからだと説明した少女に、勇者は苛立った様子で言った。


「あれは、あの時だけだ! 二度と来るなと言ったわけじゃない!」


 とにかくお前が来い、と勇者は少女に厳命する。なぜ勇者が自分にこだわるのかを、少女は理解できないでいるようだった。そして勇者自身も、その答えを自らに持たずに戸惑っているようだった。要領を得ない無数の理由を並べ立てられ、少女は再び勇者の世話係となった。




 その日も、勇者はひどく荒れているようだった。夕食を終え部屋に戻った勇者は、手近なものを片端から破壊し、叫び、悪態をつく。しかし今日は常ならず、ひとしきり破壊を終えた後に、勇者はベッドの上に座り、膝を抱えた。今までに見たこともないほどに、勇者は気落ちしているようだった。


「どうして……」


 涙声で勇者はつぶやく。少女が部屋にいることを、勇者は忘れているようだった。


「どうして、僕はここにいるんだ。勇者だなんてそんな、バカみたいな、そんなの、いらないんだ。特別な力なんて、いらないんだ。何でもできるこの世界は、全部、偽物なんだ。ここにいる奴らが生きているなんて、僕にはどうしても思えないんだ。友達と、学校の帰りに、バカみたいな話で盛り上がって、くだらないことやって笑って、そんなんで、よかったのに――」


 勇者は顔を埋め、強く膝を抱く。


「……帰りたい。帰りたいんだ――!」


 勇者のすすり泣く声が聞こえる。黒髪の少女は、ゆっくりと勇者に近付いた。まったく無防備な姿を勇者は少女に晒している。少女は勇者の背後から、そっとその肩に手を触れた。


「……私が、おります」


 ためらいがちに掛けられたその言葉が、溶けて広がる。肩に置かれた手を握り、母に縋る幼子のように、勇者は泣き続けた。

Q:無敵の勇者を殺す方法を答えよ

A:毒で殺す


不正解

無敵の勇者を毒で殺すことはできない

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