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戦士

Q:無敵の勇者を殺す方法を答えよ

A:剣で殺す

 異様なまでの興奮が闘技場を覆っている。客席の観衆は血走った目で怒声を上げ、自分が賭けた側の闘士を応援し、あるいは詰っている。逃げ場のないその牢獄で戦うのは二人の男。一人はおそらく二十代半ばの青年。それに対するは、青年の背丈の二倍はあろうかという大男だ。黄色く汚れた乱杭歯をむき出しにして野卑な笑みを浮かべる大男の手には、彼の精神性を体現したかのようなこん棒が握られている。埋め込まれた無数の鉄片を見せつけたいのか、大男はぶぉんとこん棒を振った。


「俺に当たっちまうたぁ運がねぇな小僧。せいぜい逃げ回って客を楽しませろや」


 青年はちらりと貴賓席に視線を送る。本来ならば王が座るはずの席には勇者と呼ばれる男がおり、足を組み頬杖を突いて青年を見ていた。侮るような、蔑むようなその目から、青年は視線を大男に移した。望む反応とは違ったのだろう、大男が顔を赤くして怒鳴った。


「聞いてんのかてめぇ!」


 青年は涼しい顔で大男の怒りを受け流す。


「しゃべってないでかかってこいよデクノボー。それとも本当は怖いのか?」


 ぶちん、と何かが切れたかのように大男の顔色が赤から青に変わり、その肩が震える。奥歯を噛み締め、目を大きく見開いて、大男は地の底から轟くような声で言った。


「……ぶっころしてやる」


 大男がこん棒を振り上げ、奇声を上げながら青年に襲い掛かった。青年は不敵な笑みを浮かべ、わずかに身を低くした。




 後に勇者と呼ばれることになるその若者は、魔王の侵略に怯える王都にふらりと現れたと伝わる。若者は自らの力を自覚していない様子で、それどころか法も慣習も、世の常識と思われる何事も知らぬようであったという。若者は不審者として彼を連行しようとした衛兵を叩きのめし、その力を見込まれ、王への謁見を許された。力を示せとそう求められた若者は、謁見の間の壁を撃ち抜き、そこから見える山を一つ吹き飛ばした。王は大いに驚き、若者に魔王討伐を命じたという。




 口から血の塊を吐き出し、大男が信じられぬという顔で青年を見た。自慢のこん棒は半ばで切断されて地面に転がっている。青年が大男を貫く剣を引き抜いた。大男の身体が崩れ落ち、嫌な音を立てて地面に横たわる。


「勝負あり!」


 審判がそう声を上げ、それを合図に観客の悲鳴と怒号が飛び交う。オッズは大男の圧勝を予想しており、つまり大半の客は賭け金を失ったということだ。大男を詰る声がうねり、賭け札を破り捨てる人々の横で、幾人かがこそこそと席を後にする。当たりの賭け札を持っていることが知られれば襲われかねない、ということだろう。


「まあまあ楽しめた。褒美をやろう。こちらに来い」


 貴賓席から勇者が尊大な口調で言った。青年は膝をつき、「有難き幸せ」と頭を下げる。勇者は満足そうに笑った。




 当初、若者は素直に、王命の通りに魔物を討ち滅ぼしていたのだという。しかし多く魔物を殺し、人々が若者を称え始めたとき、若者は変わり始めた。魔物と戦うことに対価を要求し、それを拒めば簡単に見捨てた。若者のその態度に眉をひそめる者もいたが、『魔物を退ける』という若者が持つ価値はそれ以外の要素を駆逐し、若者を咎める者はなく、やがて若者は勇者と呼ばれることになる。




 青年は勇者の座る席の前に近付くことを許される。青年は間近に勇者を見据え、再び膝を折った。


「何を望む? 大抵のことは叶えてやるぞ」


 勇者は変わらず足を組み、肘掛けに肘を乗せて頬杖を突いている。青年は顔を上げ、


「私の、望みは――」


 驚異的な脚力で青年は勇者との距離を一気に詰める。周囲の兵が止める間もなく、青年は勇者に斬りかかった。勇者の手に魔法のように剣が現れて青年の斬撃を止める。刃が咬み合う鋭い金属音が響く。


「一合、受けてやったことが褒美と思え」


 表情を変えることもなく勇者はそう言うと、その目に酷薄な喜びを宿した。勇者の身体が淡く光を放ち、光は細く研ぎ澄まされた槍となって青年の心臓を貫く。


「……クソ野郎が」


 青年の瞳が光を失い、その身体がどさりと音を立てて倒れた。乾いた音を立てて剣が床を打つ。つまらなさそうに鼻を鳴らし、勇者は席を立ってその場を後にした。賭けに負けた観客たちが、鬱憤を晴らすように勇者に歓声を送っていた。




「なぜ」


 黒髪の少女は無表情に勇者に問いかける。


「私をお側に?」


 勇者が彼女に「部屋に来い」と言ってから数日が経ち、彼女は勇者の身の回りの世話を任されている。しかしその『世話』の内容は、周囲の懸念をよそに、ただの世話、だった。部屋の掃除、着替えの準備、風呂の用意。それは彼女が本来為すべき仕事から逸脱するものではなく、勇者がその範囲を超えて彼女に何かを命じることもない。

 黒髪の少女は、自ら問いを口にしながらも、その答えにさして興味があるわけでもないようだった。勇者は楽しげな、底意地の悪い顔で彼女を見る。


「お前、俺を殺したいんだろう?」


 黒髪の少女の表情がわずかに動く。目を閉じ、彼女は小さく息を吐いた。


「はい」

「認めるのか?」


 驚きを含んだ声を上げ、勇者は目を丸くした。黒髪の少女は目を開いて勇者を見る。


「殺しますか?」


 くくく、と喉で笑い、勇者は首を横に振る。


「そんなのはいつでもできる」


 皿に盛られたブドウの房から一粒をつまんで口に放り込み、勇者は笑みを浮かべた。


「どんな気分だ? 殺したいほど憎い相手が目の前にいる日々を過ごすというのは?」

「それを聞くために私を?」

「そうだ」


 おもしろい趣向だろう? と勇者は一人で悦に入る。少女は仮面のような無表情を貫いている。


「私にあなたを殺す力が無いことを自覚できぬほど愚かではありません」

「嘘だな」


 勇者は少女の言葉を即座に否定する。少女が怪訝そうに眉を寄せた。


「俺が持つ『加護』は殺意に反応する。俺の意志とは無関係にな。今この瞬間にも、その無表情の奥に渦巻く殺意を『加護』は教えてくれている」


 勇者はブドウをもう一粒、口に入れた。少女は何も答えない。


「いつでも殺しに来ていいぞ。もっとも、その時死ぬのはお前のほうだがな」


 常にない上機嫌で、勇者は少女に朗らかな笑顔を向けた。

Q:無敵の勇者を殺す方法を答えよ

A:剣で殺す


不正解

無敵の勇者を剣で殺すことはできない

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