プロローグ
ここにあるのは破滅と絶望。
横たわるのは骸だけ。
どうかお覚悟なきまま開幕を迎えられることのなきよう、
くれぐれもご注意くださいませ。
薄暗い廃屋に六人の男女が集まる。窓から射す陽光が室内に舞う埃を浮かび上がらせていた。年齢も、身に着けた衣服から想像される職業もバラバラの彼らは、ただ悲壮な決意を瞳に宿しているという点で一致している。
「……本当に、いいんだな?」
六人のうち最も年かさの男が口を開く。その口調は、決意を確かめているというよりは否定を欲しがっているようだった。丸眼鏡に白髪交じりのその男は、他の五人の顔を見渡す。五人は一様にうなずいた。落胆するように息を吐き、男は再び口を開く。
「万に一つも成功は望めん。命をドブに捨てるようなものだ」
「わかっている」
おそらくは二十代半ばであろう青年が男に答える。衣服の上からでも分かる引き締まった筋肉質の体に短く刈り込まれた頭髪、そして腰に佩いた長剣は、青年が戦いを生業としていることを伝えている。
「だが、あの男は殺さねばならない。どれほどの犠牲を払おうとも」
青年の言葉に、残りの四人はうなずいて同意を示した。彼らの目には怖れも迷いもない。今度は大きなため息を吐き、男はあきらめたように首を振った。
「……手筈はこちらで整えよう。連絡を待て。くれぐれも単独で動かぬように。無駄死には自己満足に過ぎん」
厳しい表情で皆を見渡す男に、女が軽く手を上げて応えた。大型の肉食獣のようなしなやかな身体と鋭い眼光を持つ、四十絡みのその女は不敵な笑みを浮かべる。
「わかってるよ先生。だが、一番手はあたしにして欲しいね。ガキどもはまず見学ってのが妥当だろ?」
「バカにしないで! 私にだって、できるわ!」
ガキ、という言葉に反応したのか、六人の中で最も若い、十二、三と思しき金髪の少女が、女を不満げににらむ。女は苦笑いを浮かべ、金髪の少女の頭をポンポンと叩いた。
「順番ってもんがあるのさ。あたしの三分の一しか生きてないアンタが、あたしより先に死んじまっちゃおかしいだろう?」
女は金髪の少女の頭を乱暴に撫でる。髪が乱れ、金髪の少女は幼い顔で頬を膨らませた。
「ということは、二番手は私ですね」
三十代半ばだろうか、理知的な面差しの男が初めて口を開いた。青年と違い、荒事とは無縁の人生を歩いてきたような穏やかな雰囲気を持っている。青年は慌てたように声を上げた。
「いや、あなたは命のやり取りとは無縁だ。そもそも年齢順である必要もない」
すでに手を汚している人間を優先すべきだ、と青年は言った。自分はすでに戦士として無数の人間を手に掛けているのだから、と。今まで黙っていた黒髪の少女が不快そうに「何を今さら」と吐き捨てた。
「ここに集まった時点で、地獄に落ちる覚悟はできてる。年も過去も関係ないわ。あの男を殺せるなら、誰がそれを成し遂げようと構わない。そうでしょう?」
底冷えのする冷酷さで黒髪の少女は皆を見る。どこか緩みかけていた空気が引き締まった。表情を改め、皆が原点を確かめるように視線を交わした。先生と呼ばれた初老の男は厳かに告げる。
「我らはこれより死人となった。惜しむべき命はない。人としての道徳も不要。あの男に報いを与えんがため、我らはいかなる手段も厭わぬ」
『勇者に報いを』
六人の声が唱和し、虚ろに響き渡る。日が翳り、ぽつりぽつりと振り出した雨が廃屋の屋根を打つ。雨は運命を予言するように激しさを増し、遠く雷鳴が聞こえた。