8.敵味方識別装置はありますか?「そんなものはない」
8.敵味方識別装置はありますか?「そんなものはない」
あわれなザイザル。意識はほとんどない。
自動で発動する魔法に用心しながら、ぼくは慎重に近づいた。
「――、――、――」
譫言のように同じ言葉を繰り返していた。
(たぶん鍵だろうな)
解除すると、イザルトが寄り添った。
「イザルト、君の名前は?」
「――我が名はディアナ辺境伯伴臣セレネ女男爵が第二子メアリー・イザルト・セレネである」
「ベイヴィル(エピセレネ)より上の家系か。そして、それ(it)は?」
「物扱いするな! このお方はレオンハート子爵が第二子、レオ・ザイザル・リヴャンテリ=レオンハートさまである」
(物(it)なんだけれど……)
「〈異邦人の魔術師〉……どうやって我を嵌めた?」
ボロボロになったザイザルがぼくに聞いた。
「企業秘密。ジョークジョーク。ぼくの国の秘技〈呪詛返し〉」
「……貴公の国? 貴公は国王なのか?」
「少し違う」
というかかなり違う。立憲君主制や議院内閣制を説明するのは骨だ。
「ザイザル、君はどこにいる?」
「……自室だが」
ザイザルは素直に答えたが、答えになっていない。
「どこの自室?」
貴族の邸宅が一つである訳がない。
「公都に決まっているじゃあない!」
黒髪のイザルトが強く反論した。
「遠い?」
「はい。けっこう」
ベイヴィルによると、馬車で四日は経かるらしい。
「じゃあ、逃げてくれるかな?」
「は?」
「この会話は聞かれている。今すぐ逃げろ」
「何をバカな――」
「――誰も知らない秘密の場所くらいあるだろう。でないと、今すぐに――」
「――分かった分かった……これだからリヴャンテリに手を出すなと言ったのに……」
「え? ザイザルさま?」
イザルトが抱いていたザイザルが土塊に戻った。
「泥人形……レオめ」
パスライが得心した。
「どうして泥人形だと分かった?」
「貴族が危ないことを自分でするはずがない。手下を使わなかったということは、何かしらの安全策があるということになる」
ベイヴィルがぼくに突進してきた。
「!」
グラディウスで、イザルトの突きをかわした。
「お見事」
ぼくは従者をほめた。
「貴様がいなければ、ザイザルさまが次のレオンハート子爵になれたものを!」
イザルトの腹に、ベイヴィルの蹴りが入った。
(パスライが爵位継承順位第一位で、邪魔だったんだろうな)
ザイザルはレオンハートの直系で、リヴャンテリとは血縁関係にないのだろう。
「さっき――というか昨日言えなかった答えがコレだよ。パスライ」
「その名を口にすることを許した覚えはないと言っている、〈異邦人〉。……ベイヴィルがこれを切ったと思っていた」
宝石のチェーンだ。
「ベイヴィルは、あなたが自分で切ったと思っていたらしい」
「どうして?」
「それだけ重荷だと感じていたんだろうな。……ところで、あなたがリヴャンテリ子爵になれば、自動的にザイザルがレオンハート子爵になるのでは?」
「爵位の数は限られている。私がリヴャンテリ子爵になれば、同じ家のレオンハートは準男爵に降爵となる。あれにとっては屈辱的だろうな」
準男爵は貴族ではなく平民だ。
「あなたのお母さんと継父の意見は?」
「何も。――それが良好でね。元はといえば母を見初めた父が――ベイヴィル、殺すな。聞きたいことがある」
イザルトの喉に二本のグラディウスがあった。
「ベイヴィル」
「分かっています」
ぼくの声にベイヴィルが、自殺しようとしたイザルトのナイフを落とした。
「ベイヴィルあなた、できる子だったのね」
「疑われていては、本当の力はでないからね、パスライ」
「その名を口にすることを許した覚えはない。〈異邦人〉」
「イザルト、君の真名は?」
「地獄に落ちろ!」
顔を背けた黒髪美女は性格が歪んでいるらしい。
「そういえば、君もザイザルの術を受けているよね?」
「何をする気だ?」
ぼくはイザルトの胸に手をあてた。
「この世界の理よ。ただちにイザルトの名をもって命を織れ」
イザルトの目から強い光が発せられた。顔を歪めた口からも光が漏れる。そして全身が光に包まれた。
「人体錬成?」
体験したベイヴィルが禁忌を口にした。
「違うよ、ベイヴィル。一枚だけ鍛練しただけにすぎない。漆塗りのように」
イザルトがなおもナイフを持つが動かせなかった。落ちる。
「何をした! ザイザルさまにこの身を捧げた私に、何をした!」
「教えてあげない。――イザルト、君の望みはザイザルの子爵継承だろう? 叶えてやろうと言ったら従うかい?」
「そんなことができるものか! この〝異教徒〟め!」
「異教徒ねえ……。名前は違うけれど、ぼくは月の神を信仰する国から来たんだけれど」
間違ってはいない。月読命だ。三貴子のなかでもあまり知られていないが、月神だ。男神とされることが多いが、記紀(『古事記』『日本書紀』)に性別は記載されていないので問題ない。
「どうして法廷で言わなかった?」
パスライがぼくに聞いた。
「情報は慎重に扱うものだから。迂闊に漏らせば後ろに死神がいる」
「どうやって私とあれ、二つの爵位を得るつもりだ?」