7.考察しますか?「どうしませう」
7.考察しますか?「どうしませう」
ベイヴィルは失神寸前まで悪党を許さなかった。
解放しろと言っていたパスライも上機嫌で眺めていた。
戦意を喪失したイザルトはグラディウスを収めて腕を組んでいた。
その時間、ぼくはザイザルのソースコードと格闘していた。
(書き換えたい……)
無駄な記述が多くて正直イチから書き直したかったが、たぶんそれでは不具合がでるのでこのまま使っていた歴史があるに違いない。
正常に動くのであれば、改変しないのが常識だ。
「なるほど」
何度も重複したコードがあると思っていたけれど、コレは二重思考だ。#1984
「ベイヴィル、この国の神は二柱あるのかい?」
「そうですが。それがどうかしましたか?」
氷解した。
天の川が二つあり、月が二つあるのだ。二神いても不思議はない。
「ディアナとセレネ?」
「はいそうですが、何か?」
「いや……」
(二柱とも月の女神でも、ディアナはローマ神話で、セレネはギリシア神話だから、同じ信仰にはならないはずだけれど……)
それにディアナは英語では「ダイアナ」だからややこしい。
月の女神は他にもいる。ギリシア神話の狩猟と貞潔の女神アルテミスだ。
・ギリシア神話――狩猟と貞潔の女神アルテミス――月の女神セレネ
・ローマ神話―――狩猟と貞潔女神ディアナ――――月の女神ルナ
月の女神であるセレネの神格を譲り受けている。同じようにローマ神話の狩猟と貞潔女神ディアナは月の女神ルナの神格を譲り受けている。
ギリシア神話を翻案したのがローマ神話なので、ディアナ辺境伯の伴臣にエンデュミオン男爵(エピセレネ家)があるなら、アルテミスの地位にあった家をディアナ辺境伯が奪った形になる。
エピセレネ(後のセレネ)があるならプロセレネ(前のセレネ)があっても不思議はない。この場合単にセレネという家名かもしれないけれど。
「ああそうか。アルテミスの再興か」
「どうしてそれを!」
パスライが声を上げた。
「セレネはもともとアルテミスの下にあった。エピセレネが新しいディアナの伴臣なら、アルテミス爵が廃されたということになる」
・アルテミス(廃絶)――セレネ↓/エピセレネ↓
・ディアナ―――――――リヴャンテリ/エピセレネ
「どうしてそうなるんですか?」
「神話では、エンデュミオンはセレネの愛人だから。ベイヴィル、君の家系の興りはアルテミス爵の愛人だろう?」
「そう……です」
「リヴャンテリの意味が解らないんだけれど……サファイアと関係があるかしら?」
「〈青玉をもちて鶏蛇を屠るもの〉だ」
(たぶん違うな……盾の意匠から考えると〈屠った鶏蛇の上に眠る青い目の獅子〉だろう)
「ん? サファイアはもう一つあったのでは?」
寝ていた獅子の半目は両方とも青い色に塗られていた。
「百年も前に消えた。――アルテミス爵が廃された原因の一つだ」
パスライが答えた。
「〈異邦人の魔術師〉……」
「イザルト? そう言えば君の家名は――」
イザルトが床を指差した。
「――あうあう」
ザイザルが白目を剝いていた。