23.自爆は浪漫ですよね?「やめてください」
23.自爆は浪漫ですよね?「やめてください」
ヒヒイロカネでできた仮面は魔を封じる魔方陣が描かれているので、審議官は泥人形の視覚や聴覚を惑わされることがない。
ザイザルと同じく平凡な審議官にも一つの才があった。
鼻が効くのだ。
香りというのは物質なので、そこに香りをはなつ物質があれば消えることはない。光や音といった消えてしまうものとは違う。
だからこそそこに慢心があった。
(違う!)
ただ、気づくのが遅かった。
「開け胡麻」
ルドマルドが術に嵌まっていた。
用心していなかったといえば嘘になる。十二分に対応していたつもりだった。
リヴャンテリ邸の天井には見たこともない美しくも気高いそれでいておぼろげな朱色の陣が描かれていた。
青いレンズの色眼鏡をかけた異国の魔術師がそこにいた。
(声が……)
ルドマルドの身体が〝コカトリス〟に睨まれたように硬直していた。
(リヴャンテリのコカトリス! ――違う! もう一つはザイザルが……)
ザイザルのほうを見ようとするが顔が目が動かない。
(護衛!)
イザルト人形が土に還った。
(本人ではない? そんなバカな!)
ルドマルドが動けない身体で、頭を回転させた。
(ザイザルが裏切った? そうなのか? 違う!〈異邦人〉!)
コンジレイティオの額から汗が流れていた。
(氷の女が……)
〈異邦人〉とコンジレイティオの二人が何かを話していたが、聞こえなかった。
二人の口の動きを見ようとするが、それもできない。
(意識が……)
ルドマルドの感覚は、邸ではなくリヴャンテリ宮殿だけにあるらしい。
それは奇妙な話だった。
貴族は二重思考ができるように訓練されている。
本人も泥人形も両方に意識があり感覚がある。
〈異邦人〉の魔術は不可解だった。泥人形に術をかけても、本人まで影響しない。
泥人形は本人ではないので、手を切られようが首を落とされようが(感覚はあっても接続を切ればいいし)本人が傷つくことはない。
それが〈異邦人〉の〈呪詛返し〉は本人まで影響する。
貴族は自分より以下の位のものの言うことなど聞く訳がない。そのための身分だし、それだけの責務がある。
平凡と言われようと、変態と罵られようと気にしない審議官だが、他の誰にも譲れないものがあった。
そうしたことになるなら、最後の手段を選ぶのが貴族だ。




