22.人形遊びは好きですよね?「もちろんです」
22.人形遊びは好きですよね?「もちろんです」
資料の考察を〈異邦人の魔術師〉に任せた私は、半日休んでいた。考えがまとまらなかったせいでもある。
(あの人、どうしても聖女というのね)
この名にはある種の敬意が含まれている。それを知っているとは思えなかったけれど。
私がいなくなったために、ディアナ辺境伯がどう動くか計りかねた。
〈異邦人の魔術師〉が言うような「自分がいない世界」を確かめることができた。
映画とかいう彼の国の娯楽にあるらしい。#It's a Wonderful Life
深い海の底にいるように、潜考した。
(ウェストリア大公国は「聖女の死」をしばらく公表しないだろう。私の力を誇示したいはずだから。しかし、帝国の総領事が気づくのは時間の問題だ。義父が責任を取って引退し、あれ(レオ)が子爵陞爵となれば……いや。その前にリヴャンテリの至宝を得るために宮殿を氷結するだろう……〈異邦人の魔術師〉が対策を見つけてくれればいいが……)
私の風はあれ(コンジレイティオ)には通じない。相性が悪い。それに……。
(弟子のカルランは火の使い手のはずだ。あれ(コンジレイティオ)の弱点を補うように……)
いっそ昨日の夜のようにワインを飲みたかったが、酔って何か好転することもない。
静かに神に祈った。
目覚めると〈異邦人の魔術師〉が帰ってきていた。
「パスライ。頼みがあります」
「その名を口にするなと言っているだろう〈異邦人エトランジェ〉。――何か?」
「青玉の眼鏡をお願いしたいのですが……」
「サファイアでサングラス? そんなことをしてもコカトリスの邪視を避けることはできない」
「逆です。使役するために使います」
「かつてのセレネ王のようにか?」
「両手にサファイアを持っていたら、魔術が使えないでしょう?」
(そんなつまらないことで先祖は敗退したのか……)
「ただ、もう一つはあれ(レオ)の手にある。盗むのか?」
「いいえ。まだ魔力が込められていない原石を使おうかと」
「好きにせよ」
私は立ち上がり、壁の魔法錠を外すと革袋を取り出した。
紐を緩めてテーブルに中身を出した。
金貨が並べられた。
「リヴャンテリ金貨……」
私の声が漏れた。
幼いころ三十枚のリヴャンテリ金貨で売られたことがある身としては苦々しいしいけれど。
「手にしていいわよ、ベイヴィル」
許可をえて、一枚手にした。重い。同じ大きさの銀貨の二倍は重い。
「これが全財産ですか?」
「家具を売ってもいい」
死地に向かうのに、残しても意味はない。
「せめて辺境伯ですか?」
マスターが笑ったが、目が死んだ魚の目をしていた。私がマスターの手を取った。
「冷たい?」
肩からマスターの造形が歪み私の横まで来ると、足から成形された。甕から甕に水を移すように。
「ほう……」
パスライお嬢さまの目を誤魔化せたらしい。
「水の人形か……。火に弱いな」
泥人形を燃やされても動きが鈍くなるだけで、文字通り消し炭になるまで動く。水なら一瞬で蒸発させられてしまうはずだった。
「逆に使えば証拠を残しにくいとも考えられます」
水が残っていれば、何らかの魔法または魔術で痕跡を調べることができるけれど、消えてしまえば調べようがない。
「罪人の思考だな」
「知の始まりは悪です」
マスターが答えた。




