21.光学異性体はどうですか?「変身はできません」
21.光学異性体はどうですか?「変身はできません」
ぼくはベイヴィルに〈異邦人の魔術師〉の泥人形を複数体つくってもらった。年齢や性別を変えて。もはや等身大フィギュアである。
意識を泥人形に移して、ぼく本人も動く。
「あのお……」
「なあに?」
「夜の営みに使うんですか?」
咳き込んだ。
「しないよ」
巨乳の美しいぼくの泥人形が女性の声で答えた。
ベイヴィルの作品はザイザルのソースコードを変えたものだ。
読書の休憩がてら、僕自身も造ってみた。ベイヴィルの女泥人形をコピーしてペーストした。
胸を控えめに変えて、やわらかな表情にする。
何度か女装したことがあるが、アレより楽だった。
ぼく本人が、ぼく女人形の胸をもんだ。
やや硬い。ザイザルがロリータコンプレックスなだけに、胸の造詣が浅いのだろう。
子供とプレイして何が楽しいのかぼくにはさっぱり分からない。
そうした性癖は知っているが、理解に値しない。
土の魔法で服を造ったが、やや違和感があった。これが審議官の仮面の正体の謎だった。
(それで人間味が少なかったのか)
畏怖が効果的に作用するよう造形を変えているらしい。
(小役人ぽいバカらしさだ)
全裸の女人形で人間の限界を超えて動かした。
一一〇%レベル。
動く。違和感はない。
一三〇%。ダメだった。着地のときにショックを全身で吸収できず、踵から崩れてしまった。
そのまま上から糸で吊るしたように、再生しながら立ち上がる。
「なるほど」
安全なレベルは一一八%だった。
ベイヴィルが造ってくれた少年・青年・老人をそれぞれ男女ずつ計六体とぼくの一体を同時に動かした。
「ウッ!」
すぐに頭が痛くなった。冷たいものを急に食べたときの痛みに似ていた。ふだん使わない箇所だ。
「確かに二体が限界ですね」
それ以上は情報過多だ。
精密に動かそうとすると、一体でもままならない。
「動いた」
交代したベイヴィルが、男三体のぼく人形を同時に操っていた。こればかりは才能なのだろう。
「夜に使うなよ」
忠告はした。
ベイヴィルの魔法の場合、火が強く土がまあまあで、水が弱い。
「五行みたいですね」
中国の五行思想だ。木、火、土、金、水それぞれが組み合わさり力となる。
たとえば、火で燃えたものは塵となり土に還る。
火は水で消えてしまう。
頭の中で術式を変えてみたが、力の変化はなかった。
床にチョークで書き起こしたが、無意味だった。
そもそもぼくは物理法則で物事を理解している。こちらの世界とは、事象に対して心象が異なる。
図書館の本にあった火の魔法にしても、僕自身が反応兵器を理解していることで発動できる。
いろいろ試したけれど、やはりぼくが使える人形は二体までだった。
(もしかして……)
泥人形となる土そのものを細かくしてみた。
「粘土ではなく、粉体レベルで……」
ソースコードで土の大きさを微細に変化させた。
途端に、形が維持できなくなり元の土に還ってしまう。液体のように流れてしまうが、中央部分だけが砂山になった。
より小さく設定した。水のように周囲に広がった。
「いっそ水で造ってしまえば?」
井戸の水で一体つくった。
造形物として成立していたが、透明の水のままだった。光学迷彩の情報で色をつけてやる(必要な色を反射させてやる)と、まったく違和感がなかった。
ただ、こちらも二体が限界だった。根本的な問題なのだろう。
(これはこれで使えますか)
読書に戻った。
ベイヴィルはどうあっても水人形の扱いはできなかった。