20.歴史はお好きですか? #歴史は繰り返さないが韻を踏む
20.歴史はお好きですか? #歴史は繰り返さないが韻を踏む
リヴャンテリ宮殿の奥にある図書館で、ぼくは歴史を学んだ。
「前車の轍を踏む」とはよくいったもので、この世界も似たようなことを繰り返していた。
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審議官の泥人形は特殊な素材で制作されていた。特にその仮面は、元は緋緋色金といい東の従属国が人質王子といっしょに差し出した貴金属からできており、非常に高価だった。
緋緋色金による武装は、王政から元老院による共和政に移行するうえで、セレネ王族の魔法に対抗するために造られた。
第三代セレネ王の暴虐を止めるべく苦悩していた元老院の要請から、時の枢機卿が横領して極秘裏に開発したものだ。
美しく太陽のように輝く緋緋色金は当地読みでヒヒイロカネと名を変え、枢機卿の私兵を赤く彩った。
以前からセレネ王は、東の国の豊かな富を奪おうと戦争の準備を整えていた。
セレネ王の悪辣を知っていた東の国は、外交による交渉で、戦争を回避するため領土を明け渡し従属国となった。
なれどセレネ王は戈をおさめず、くわえて従属した東の国の民を残らず徴兵し、北のミッドガルド王国に攻め入った。
平和を願い自ら人質となった王子は、民を兵に徴られることを善しとせず、北行に断固反対し幽閉させられた。血を避ける愚行から、より多くの血が流れた結果に王子は血涙した。ここに人質王子によって、第三代セレネ王は「失夏王」と諡された。
枢機卿のヒヒイロカネ兵は無敵の武装で、まず失夏王の九族を誅殺した。次に逃げ惑う王侯貴族謀殺した。事前に内通していた諸侯貴族は新しい爵位を約束されていたが、新設された子爵・男爵などの下級爵位に落とされた。
かくして、元老院の権力は堅実となった。この共和政移行に際して多大な貢献をした枢機卿は元老院から名誉称号ディアナを承り、ディアナ辺境伯として万全な地位と広大な土地を手に入れた。
アルテミス共和国の新しい上級貴族は、元老院の子女から選ばれた。多かれ少なかれ旧王族の血は入っているというものの、すべては元老たちの力関係――縁故によって決められた。
七年の幽閉ののち人質王子はその身を赦され、東の従属国に帰った。失夏王が求めた国富はすでになく、美しき国は山河しか残されていなかったためである。#杜甫
人質王子は幽閉期にリヴャンテリ図書館の資料を読んでおり、国の名を東の国と改めることを父である国王に進言したが聞き届けられず、そののち十九年放浪した。
人質王子はまず、北のミッドガルド王国の質となった。勇猛果敢で「勇王」と呼ばれていたミッドガルド王は、人質王子の聡明さに心を打たれ最愛の末娘を嫁にやった。オーストライヒ興国の折、後顧の憂いなきよう自ら命をたった「絶姫」である。
ディアナ辺境伯は東の従属国のヒヒイロカネをすべて献上させた。それは東の従属国の独立を阻止するためであり、リヴャンテリ宮殿を穏当に攻略するためだった。
神と敬っていたヒヒイロカネを失った東の従属国の民は、アルテミス共和国に帰順し、二柱の月の女神に改宗した。
あわれ、こののちオーストライヒ帝国となるまで「東の従属国」が正式名称となった。
ディアナ辺境伯はヒヒイロカネ兵をリヴャンテリ宮殿に向かわせた。そのすべてがコカトリスに倒され、バジリスクの餌になった。
私兵とはいえ王族を誅殺した人間を生かしておくことはできなかった。#狡兔死走狗烹
都合よくリヴャンテリの至宝の一つが消えたのがよかった。
二つのサファイアが揃わぬ限り、リヴャンテリの至宝は効果を発しない。
寒さに眠るリヴャンテリのコカトリスを前に、動揺したセレネ王から至宝を奪ったのが後のリヴャンテリ子爵である。
もう一つはどうしても見つからず、リヴャンテリ子爵が持つ至宝は陞爵の儀式のみ使うことを許されるようになった。
もちろんその恐ろしさを知るディアナ辺境伯がリヴャンテリ子爵を暗殺し廃家とした。
それが突然、レオンハート子爵第一子が陞爵を願い出た。
理由は不明だった。
権利があればそれを行使するのが当然だが、当代のディアナ辺境伯は後手に回ってしまった。
そのディアナ辺境伯にレオンハート子爵第二子から朗報があった。
結果、リヴャンテリ家は二度と再興できなくなった。