19.知は力なりですか?「ベーコンは美味しいです」
19.知は力なりですか?「ベーコンは美味しいです」
ぼくはもう一本ワインをデキャンタージュしてから、早朝ベイヴィルを従えてリヴャンテリ宮殿に戻った。
「マスターぜんぶ読むんですか?」
「基礎だけでいい。応用は使っていれば思いつく。――料理の隠し味といっしょだよ」
愛情があればそこに辿り着く。
まず氷結の魔法書の魔法錠を開けた。
読み進めるうちに、余白に文字が書かれていた。
「青玉の眼鏡?」
コカトリス対策に有用らしい。
「伝説のサファイアでしか使役できないのでは?」
素朴な疑問だった。ベイヴィルに聞いても、コカトリスやバジリスクは討伐されてもテイムできないらしい。
(まあ見られたら石になってしまうからなあ……)
怪獣が近づいた時点で、護身用の高価な守り石が壊れるらしい。
「じゃあどうやって倒すんだろう? 目を瞑って?」
「方向を定めて遠距離から氷結魔術です。まあ積極的に狩るような怪獣じゃあありませんから」
ベイヴィルが「レベル的に無理なことがあり、生息地にはます近づかないです」と補足した。
「リヴャンテリのコカトリスが特別なんです。Sクラスですよ? ふつうはバジリスクと同格のBクラスなのに」
ぼくが「バジリスク(B)は倒したことがあるのかしら?」と訊ねたら、ベイヴィルは否定した。
「グラスに氷を浮かべるくらいしか使えません。焔なら得意なんですが」
幼いころ人体発火させて全裸になったことがあったらしい。
本人はそう言っていないが、推察するとそうなる。だいたい友人知人の話は名前が出てこない時点で自分のことだ。
「イザルトなら?」
「イザルトですか? 一匹二匹ならまだしも百匹は無理かと。具体的な数ですか? どうでしょう。二、三十では? 限界で五十いくかいかないかです」
「土は? 泥人形」
「火と土はけっこう相性がいいんですよ。燃やすと塵になりますから」
(灰塵ではなかろうか)
「パスライの泥人形は君が?」
血のようなものを流したアレだ。
「いいえ、あんな精巧なものはアイツ(ザイザル)作です」
「胸まで正確に描写していたよ?」
「ああ火の魔法で全裸になったのを見ていますから、アイツ(ザイザル)」
幼いころにザイザルが何かして、怒ったベイヴィルが主人ごと燃やしたのだろう。
「ロリコンか……」
「ロリコ?」
「いや何でもない」
ノースダコタ州出身の米国中央情報局(CIA)のオフィサーを思い出した。
「ぼくの泥人形を作ってくれないか?」
「はいマスター。……それには脱いでもらわないと……肉がどうなっているか知りたいので」
脱がされたぼくはルネ・フランソワ・オーギュスト・ロダンの彫刻『考える人』の格好をして資料を読んでいた。なお、考える人は地獄について考えている。
「不倫とかどう思う?」
カミーユ・クローデルは愛を注ぎ、ロダンを芸術の高みに至らせ、捨てられ発狂した。オルセー美術館に、カミーユとロダンとその妻の作品がある。見たとき一時間は動けなかった。
カミーユの映画がある。一九八八年の作品でイザベル・アジャーニが美しい。
「正直よく分かりません。経験もないので。独身が不倫するのは社会的に問題がありますが」
恋愛に関しては、フランス宮廷文化でしたか。
「私はそばにおいてくださればいいだけです。そもそも愛人の家の子なので」
(どこが好かれたのかしら)
「こんな感じでどうですか?」
泥人形が完成していた。
「やや背が高いような……もう一体、精密なものを頼む」
「はい」
「ところで、人形は何体まで使えるんだい? 人形を使う専門の魔術師なら?」
服を着ながら訊ねた。
「本人と疑われないレベルなら、二体が限界らしいです」
ザイザルの情報だろう。
「単純な動作だけですと、百とか二百らしいです。――ああ死霊魔術師なら、千とか二千とか動かせるそうです」
(こえーよ)
「死霊魔術師か……」
「はい。パスライお嬢さまが言っていましたから間違いありません」
「聖女が死霊魔術師……」
「パスライお嬢さまは、ウェストリア大公国最強の矛です。パスライお嬢さまがいる限り、他国――特に東の帝国が侵攻することはありません」
「フラグだ」
「旗がどうかしましたか? え? ああ……」
ウェストリア大公国の聖女の一人は公式に亡くなっている。
「ああじゃあない。今日にも帝国が進行してくるかもしれないじゃあないか。……東の大使は常駐しているのかしら?」
「ええ。大使館にいます。公都の」
「知り合い……じゃあないよね?」
「パスライお嬢さまとは面識があるかと。ここリヴャンテリにも領事館はありますよ?」
市内に総領事館があるらしい。
「総領事は、アルテミス卿です」
「パスライの遠縁?」
「はい。両国の貴族は濃い薄いはありますが血はつながっていますから」
(最悪、亡命という手もあるかしら……)