17.温泉はどうですか?「混浴ですよ」
17.温泉はどうですか?「混浴ですよ」
リヴャンテリ邸には温泉があるらしいが戻るわけにもいかず、その源泉から引かれた別邸に行くことになった。
旧市街で閑散とした一画に入った。
裏門から魔法錠を開けて入ると、小さな邸とは思えないほどの調度品が揃っていた。
「ここは?」
ベイヴィルの質問にパスライは答えず、地下の風呂場に向かった。
「ここって……」
たぶんパスライの父親の別宅だろう。その前は国王の。
「えっと……」
流石にいっしょに入るのは拙いと考えたぼくが遠慮しようとすると、パスライが手を取った。
「背中を流してやる。光栄に思え」
ぼくは目のやり場に困りながら、でもしっかり見ていた。
不意に別れた女を思い出した。もう会うこともないけれど。AEDで助けようとしてくれた女性には会いたいがそれもできないことを知っていた。しかし、あの魔女には会って理不尽を糾したい。
石鹸で身体を洗った(洗われた)あと、肩まで湯船につかった。
こうした時だけは日本人だと実感する。
横を見ると、髪を洗った二人は足をつけるだけで、身体を湯につけていなかった。
身体を隠すそぶりもなく、ゆったりしていた。
ベイヴィルの左アキレス腱に縦に一列白くなっていた。パスライも左に白い線がある。
「マスターにはないんですね、紋章」
「盾?」
「矛盾の盾ではなく、紋章院の紋章です。貴族の印璽とか――」
「――分かった。……刺青ではない?」
「薄くなる家系は刺青を入れたりしますが、基本は血筋ですね。罪人は横一行に赤く刺青が彫られます」
「あがる」
パスライの右足には朱色の横線があった。
「きれいだ」
背中を見送りながら呟いた。
「手を出しちゃだめですよ。処女なんですから」
「貴族の貞操観念は解らない」
「わたくしがお相手しますよ?」
ベイヴィルが自薦した。
「処女じゃあないみたいだね」
「アイツにやられちゃいました」
そうですか。
食事は仮面をつけて街に繰り出した。認証阻害の魔法がかけられているらしく、親しい間柄でも分からないとか。
日本人のぼくからしたら、身振り手振り以外の表情まで読み取れるから、たぶん分かりそうな気もするけれど言わないでおいた。とんでもない魔術師と思われかねない。
まだ早い時間だったので食堂の客は少ない。こんな場末にザイザルたちが来るとは思えないが、裏口近くのテーブルに座った。
リヴャンテリの名物は川魚らしい。肉もあるが固くて顎が疲れるとのこと。あとは芋だった。味は芥川龍之介の『羅生門』を想起せしめた。九百年前くらいかしら。
酒に期待したぼくだったけれど、敗退した。ワインは貴族用で死ぬほど高く(目立つので注文できず)、ビールは前世の飲み物かというほど薄い上面発酵だった。
比較的、芋がマシだった。英国人になったような気分で帰った。
芽のでたジャガイモがあるというので、ひと籠もらった。
パスライに聞くと塩と胡麻油は家にあるらしい。
許しがたいことはこの世にいっぱいある。戻って食べ直しとなった。
ジャガイモの芽は毒なので取り除くと、パスライが風の魔法でスライスした。
戦場では首を飛ばすらしい……。
(こえーよ……)
鍋をミス魔法で洗浄したあと、習いたての魔法で胡麻油に火を入れた。
スライスしたジャガイモは、フライドポテトになった。
塩をまぶした。
芋ではなく、胡麻の味しかしなかった。パスライとベイヴィルは気に入ったらしく。もう一個ずつ食べていた。
油が傷んでいたのもあるけれど、精錬がまともにできていないのだろう。
泥のように眠った。




