16.お宝はどこですか? #チーズの夢
16.お宝はどこですか? #チーズの夢
〈異邦人エトランジェ〉の背中をグラディウスで突いたのは、イザルトだった。
(痛いって!)
仕込みはない。実際にぼくの背中を刺していた。パスライから教わった高等魔法によって治癒したが、光学迷彩ではそのままになっている。
「撤退です! 火の精霊よ。いざ我らの身姿を隠し賜わん」
ベイヴィルが作戦通りに透明の魔法を唱えた。
コカトリスに乗っていた魔術師はザイザルだった。
「〝みえている〟ぞ。パスライ」
嘘だ。
泥人形のザイザルの目では、正確な場所は把握できない。
近づいた透明のイザルトの胴を、ベイヴィルが横に薙いだ。見事だ。
大量の出血にイザルトが治療魔術を使った。戦線離脱する。
ぼくは地上のコカトリスを適切な場所に移動したあと固定した。
コカトリスに乗ったザイザルは思うようにこちらに近づけない。
ぼくが手にしていたサファイアをベイヴィルが受け取り、高くかかげた。
「ソフィア・パスライ・リヴャンテリを子爵として認めよ。さもなくば、リヴャンテリ宮殿を封印する」
「はったりだ!」
審議官が声を上げた。
「我ソフィア・パスライ・リヴャンテリは、その血をもって、リヴャンテリ宮殿を封印する」
呪文を唱えたパスライ〝人形〟の指を、ベイヴィルが少し傷つけた。
赤い水が青いサファイアにかかる。
「まずい!」
「本当にしやがった!」
リヴャンテリ邸にいるパスライの魔術で、青いサファイアが赤いルビィ色を変えたように見せた。
朱色の霧。
「終末の煙霧」
倒れた兵士が声に出したが、それは違う。霧に色をつけただけだ。
けれど、伝説でしか聞いたことがない魔の霧だと信じてくれた。
封印がなされ、リヴャンテリ宮殿の門が閉じられた。
「マスター!」
「まだ痛いって」
ベイヴィルがぼくを起こすが痛みはまだ続いていた。
パスライが手をかざすと一瞬で傷が消えた。
「流石は聖女さま」
「その名を口にすることを許した覚えはない……〈異邦人〉」
支えられてぼくが立つと、パスライが笑った。美人はこうでなくっちゃ。
「さて、チーズの夢でも見ますか?」#宝島
「なんですかそれ?」
ベイヴィルが質問した。
「奇妙な事件だよ」#ジキル博士とハイド氏
「よけい分かりませんって」
「とりあえず、中で休憩しよう」
ぼくは二人の腰に手をやった。
まずは宝物殿だけれど、リヴャンテリの至宝と言っても金銀財宝は少なかった。というかほとんどなかった。
欠けた銀貨が数枚。前の戦役でかなり使ったらしい。
「ないと知っていたのかい?」
落胆した様子もないパスライにぼくが聞いた。
「あれば没落していない」
「それもそうか」
ベイヴィルはけっこうショックだったらしい。膝に手をついて落ち込んでいた。
一方、図書館は充実していた。十万冊はあるだろうか、現代の図書館の蔵書量としては少ないが活版印刷の前だ。これだけあると感慨深かった。
すべての資料に魔法錠がかけられていた。一冊を開くと、炎焔の魔法が書かれていた。ぼくなら使えるだろうけれど、反応兵器なみの威力の使いどころが解らなかった。
戦争でも使えないだろう。すべてを燃やし尽くしてしまって、なんら利益にならない。
(だからか、すべて書き物ではなく口述になったのは)
口述なら自分の器量以上は出せない。
「過去の遺物か……」
とても使えそうになかった。
喉が渇いたぼくたちはパスライの案内で食料庫に向かった。
保存魔法がかけられたワイン樽があったが、試してみる気になれなかった。
「ぼくなら毒を入れている」
パスライも同意見らしい。
「さて、帰りますか」
「そうね」
「え?」
ベイヴィルが振り向いた。
「ここに閉じ込められたのでは?」
「ここは王宮だったのよ? 退路がないなんてことはない」
宮殿の外に通じる逃げ道があるに違いない。
パスライの案内で、王妃の寝室から地下の通路に入った。
用心して魔法で光を灯した。変なガスがあるとも限らない。
途中、何か所か分かれ道があったが、先導するパスライは間違えなかった。
「来られたことがあるんですか?」
ベイヴィルがたずねた。
「幼いころに。父に叱られた」
没落したとはいえ、血筋からすると正統な後継者だ。知っていて当然だろう。
「こちらが邸に通じている」
とある分岐でパスライが立ち止まった。
「この先に罠がある。父が亡くなった。私でも治癒できない。……違うな。私たちの血では癒せない。〈異邦人〉、今後もし私が倒れても助けなくていい。――ベイヴィルはくれてやる。好きにしろ」
「パスライお嬢さま……」
「その時、考える」
「意志は伝えた」
それから黙って歩いた。
大きな石の蓋をどけると、外の光が剣のように差し込んだ。
静寂と光学迷彩の効果は続いている。
外は墓所だった。
教会の裏だ。
「さてどうするか」
ぼくの答えは決まっていた。お風呂と食事、それにベッドだ。




