15.馬をくれますか? #リチャード三世
15.馬をくれますか? #リチャード三世
経緯から考えてディアナ辺境伯が、パスライの父リヴャンテリ子爵を暗殺ことは明白だった。だが、証拠はない。
それに、殺されるほうが悪いという意見もある。神に選ばれた者が生き残るという古の考え方だ。
古今東西、施政者であれば用心しているものだし、それができていないという時点で人臣の忠に値しない。
「〈異邦人〉か……」
パスライとしては複雑な心境だろう。願っていたリヴャンテリ子爵は、ぼくのために保留となったからだ。
「元老院が何か仕掛けてくるだろうな」
他人事のように言った。
「戻りました」
イザルトを客間に軟禁したベイヴィルが戻ってきた。大人しく従ったらしい。
「パスライは何を望むんだ?」
ぼくが確かめた。
「その名を口にするな。〈異邦人〉」
パスライがグラスの水を半分飲んだ。
「アルテミス爵の復興」
ぼくが言い当てたことを述べた。
「それは過程でしょう?」
「民の安寧……は嘘になる」
パスライが正直に言った。貴族はそんなことを気にしない。この世界の民に人権などない。まだ数世紀かかるだろう。
「リヴャンテリの至宝とか?」
「興味ない」
そうですか。ぼくは図書館が気になった。#知は力なり
「セレネ王国とか?」
「また大それたことを」
「ではその西半分のリヴャンテリ帝国では?」
ゆっくりとパスライがぼくを見た。
「女帝か……それも悪くない。東国の子を皇配にするか?」
皇配は皇帝(女性)の配偶者(男性)だ。遠縁にあたるオーストライヒ皇帝の皇太子はかなりの美形らしい。
「あの老獪がゆるすものか」
パスライの言う人物が元老院の誰か、それとも西の皇帝か判断できなかった。
「まずはイザルトをこちら側にします」
「ザイザルさまは殺すのでは?」
物騒なことを言い出した。
「それはない。ベイヴィル。小物を殺めると収集がつかない。情報が一つにまとまっているのにバラしたら予測できなくなる」#ソロッツォ
「私、あの人嫌いなんで」
「知ってる。だけど口にするなよ品がない。それに好き嫌いで人を選ぶな。泣いて斬ることになる?」#馬謖
「そんなもんですかね……。じゃああの人を子爵にしたら、パスライお嬢さまはどうなるんですか?」
「審議官と交渉する」
「無理ですよ」
ベイヴィルが、担当する審議官がザイザルの親しい友人の変態であることを説明した。
「となると、ザイザルも来るはず」
「ですから馬車で四日だと……まあ早馬なら間に合いますか」
「――ザイザルもリヴャンテリの遠縁なんだろう? コカトリスを使えるのか?」
不意に不安が頭を横切った。
「まさか、あのチキンハート(臆病者)が?」
「どうなんだ? パスライ」
ぼくが確かめた。
「その名を口にするなと言っているだろう〈異邦人〉。――可能性はゼロに近い。これなくしては使役できない」
リヴャンテリの至宝の一つだ。もう一つは行方が知れないそうだ。
「最悪――私が死ぬのであれば――宮殿を封印するしかない。終末の煙霧によって」
「できるのか?」
「リヴャンテリの血が流れていれば誰でも」
「その後は?」
「知らない。……終末の煙霧を消すことができるのは氷結の魔術師だけだ」
氷結という名の大魔術師だそうだ。
「氷……寒いとコカトリスも動けないという訳か」
「どうしてそれを?」
パスライがぼくの顔を見た。美しい。
「蛇は冬眠するからね」
変温動物と言って伝わるかしら。
「……あれ(レオ)が来たわ」
パスライが、ザイザルがイザルトの客間の魔法錠を開けたことを告げた。
ぼくはパスライに封印や終末の煙霧の詳細を聞いてから、イザルトに会うと言って部屋を後にした。