14.魔法陣は描(えが)けますか?「当然です」
14.魔法陣は描けますか?「当然です」
リヴャンテリ宮殿は完全に凍っていた。終末の煙霧はその朱の色を地に落とし、空気は晴れ澄んでいた。
庭の樹木は来訪者を迎えるように、手入れされていた。
何度か訪れたことがあるザイザルにしても、うっとりとするような光景が広がっていた。
この世界に住まう誰もが感嘆する宮殿の内に、人形のまま入る無礼を知らぬ者はなく、威圧感から一行は口を閉ざし、静寂のうちに庭から邸に向かって歩いた。
コンジレイティオの魔術によって凍ったコカトリスとバジリスクが、剣をいただく兵士のように連なっていた。
その数、およそ数百。
かつてセレネ王はその軍団を率いて大陸を制覇したと聞く。
コンジレイティオが笑んだ。
宝物殿にはこの世の至宝が、それより図書館にはこの怪獣たちを使役できる魔法の本があるはずだった。
審議官が振り向くと、四名の足跡が赤い地面に残っていた。歩いた部分の芝が青く美しく輝いていた。
凍った終末の煙霧が踏まれて溶けていた。
ただの水で、それも少量なので音を立てることもないのだろう。
(違う!)
審議官が気づいたときには術に嵌っていた。
「開け胡麻」
その言葉は宮殿ではなく、レオンハート邸で発せられた。
「何?」
コンジレイティオが泥人形との視覚と聴覚の共感を緩めた。
ザイザルの上席に、若い紳士が座っていた。
青いレンズの色眼鏡をかけた異国の魔術師だった。
警護していたはずのイザルト人形が土に還った。
「〈異邦人〉!」
「動いていいよ、コンジレイティオ」
力を込めていたコンジレイティオが汗だくになった。
「名前が長いな。美しい君の名はレイティにしよう。――それにしても麗しい魔術だった。MECEの見本のような〝作品〟だ。参考にさせてもらった」
かなり褒めている。
「どうやった?」
「この国の人は質問するときに、どうして仮説を立てないのか理解に苦しむよ。説明ができないじゃあないか」
相手の理解がどのていどかによって説明は変わる。
「MECEとは?」
レイティがグラスに半分あった水を飲んだ。
「『モレなくダブリなく』――単純なプリンシプルだよ。プリンシプルは――」
「――分かる。ぜんぶ解読したのか? アレをぜんぶ?」
レイティの人生そのものだ。
「いいえ」
〈異邦人〉がカラフェの水を、レイティのグラスに注いだ。
「図書館の本に書いてあった。君がオリジナルから変えた部分だけを読んだ。素晴らしい」
「それはどうも……」
「ここからは交渉だ。どうだろう、手を貸してくれないかしら?」
「意味が分からない。魔術を破ったなら殺せばいい。少なくとも私はそうしてきた。それが礼儀というものだ」
「ぼくがいた国では、敗残の将を用いるのが礼節とされているんだ」
「軍門に降れと?」
「より理想に近づくために、だけれど」
「理想? 笑う。子供が!」
レイティが手を動かすが何も動ぜず、目を泳がせた。
「ここに深淵に近づく道があるとして、歩まないのかい?」
レイティが水を飲み干した。また注がれる。
(どうしてコイツは私の真名を奪わないんだ? ……審議官が(たぶん信書を)もっているだろうに。……何故魔術が起動しない。――魔法陣?)
テーブルや壁や床にはない。見上げると、天井に淡い朱色で陣が描かれていた。
「美しい……」
「古の叡智だよ。君なら使いこなせるだろう?」
リヴャンテリ宮殿の封印前。
客間のベッドで一人眠っていたイザルトが目を覚まして、テラスに出た。
ぼくの声が聞こえたらしい。
「本当にお前はザイザルさまを子爵にできるのか? あの女を差しおいて」
パスライを嫌うのは分かる。貴族の子女は階級が上がるに従ってワガママになる。
「どうやって大公閣下のゆるしを得る?」
爵位の数は決まっている。安売りしては権威が失墜する。
「イザルト、君は今のままでは子爵夫人になれない」
事実だ。どうあっても側室か、最悪名もなき愛人の一人になりさがる。
「話を聞かせてもらおうか」
貴族の子女は横暴だ。