13.炎帝の庭を知っていますか? #酒池肉林
13.炎帝の庭を知っていますか? #酒池肉林
元老院によって集められた氷の魔術師たちを、たった一人のAクラス女魔術師が一掃した。
氷結という名は伊達ではないらしい。Sクラスの魔法使いもいたが、心臓の血液を一瞬凍らされては黙るしかなかった。
不老の魔法によって若く美しいが、その年齢を知る者はもはや元老数名しかいない。
リヴャンテリ宮殿には前から興味があったコンジレイティオだが、真名を預かる元老院に逆らうことは身の破滅を意味する。一対一ではそれでも勝てるだろうが、元老すべてを相手にするのは困難だった。
リヴャンテリ宮殿の封印はある意味、その枷を外すことでもあった。
(コカトリスやバジリスクを封印できれば、元老たちも知らないセレネ王国の至宝を手にすることができるかもしれない)
そうした誘惑があったことは否めない。
レオンハート邸で赤ワインを飲みながら、コンジレイティオがレオンハート子爵の質問に答えていた。カルランとイザルトはその背後にいる。仕事の話なので同席は許されない。
「では、明朝までに封印できるということですか?」
魔学に造詣の深いザイザルがグラスを傾けたが、専門外の魔術はまったく理解できない。眼科医が麻酔の専門医に話を聞くようなものだった。
ザイザルの専門は泥人形の制作とその傀儡術と視覚・聴覚の共有だ。有機物の運動の停止や無機物の固定化は素質がない。翼がないのに飛べと言われても不可能だ。
「はい。その上で、レオンハート卿には、私と弟子二人分の泥人形をご用意いただきたいのです」
「うむ了解した。では、証人の審議官一名をくわえた我らで楽しもうか」
イザルトとその泥人形は万が一の事態に備えていた。
コンジレイティオが裏切っても対処できるように、元老院から真名が書かれた信書は審議官の懐にあり、その審議官こそ友人のルドマルドなので〝ぬかり〟はなかった。
歓談のあと、カルランはイザルトに別室に案内された。
子爵と魔術師が楽しんだ料理が並んでいた。古都ならではの宮廷料理だった。
冷えてはいるが、彩り美しく食欲を誘った。
イザルトが座るよう手で案内した。
「カルラン……と言ったな。ずいぶんと信用されているんだな」
イザルトが自分のナイフでワインの封を切って、グラス二杯に注いだ。
「もう長いですからね。師匠とは」
「魔術師の弟子は辛いだろうに」
「なんとも言えません。養い親ですからね。拾われ真名を奪われたとはいえ、生きる術を教えていただいたのは事実ですから」
「自立しないのか?」
前菜は酢のものだ。
「師匠が決めることです」
選択権はないらしい。
「奴隷の生き方だな……貴族もそう変わらないか……」
スープのスプーンを止めると、カルランがイザルトのグラスにワインを注いだ。自分のグラスにも。
「宮殿すべてを凍らせられるのか?」
上手に淡水魚の骨を取った。
「必要とあれば、この都ごと可能でしょう。……師匠は化け物の類です」
「それでも魔術師であって、魔法使い(マジシャン)ではないと」
「しょせんぼくたち人類は奇術師の類を出ませんよ。魔の法を使う――いや魔の法を生み出す者が魔法使い(マジシャン)です。賢者とも言われていますが……」
「賢者の石をつくれる者か……」
メインのラム肉を食べた。いつもの味だった。使い古された香辛料。
「または、生命を生み出せる者とか?」
カルランが平らげた。
「フラスコの中の小人でもつくる気か?」
イザルトが皮肉を言った。
「あれは女性には無理だそうです」
「何それ、性差別?」
ウェストリア大公国は諸外国と違い、女性の爵位継承を認めている。
「もともと女性は生命を生み出せますからね。前時代、錬金術師の時代には少なくともそう考えられてきました」
「蒸留器にヒトの精液と馬の体液を入れて発酵させる? バカバカしい」
「ああそれ、馬ではなくユニコーンだそうです」
一角獣だ。それこそ伝説だろう。
デザートのケーキを食べたあと、カルランが紅茶を楽しんだ。これだけは温かい。
「ミス・イザルトの明日のご予定は?」
「軍事機密よ」
イザルトが笑った。
審議官から実力を聞いていたザイザルだが、実際にコンジレイティオの実力を見ると感嘆するしかなかった。
宮殿が氷漬けになっていた。朝霜がとけても、門の氷はそのまま残っていた。
カルランの泥人形が門を開いた。
終末の煙霧が凍り、朱に染まった庭がそこにあった。
音もなく、バジリスク数体が赤く凍っていた。動く気配はない。
薄氷の上を歩むようにカルラン人形がゆっくりと宮殿の中に進んだ。
カルラン人形の靴跡が、朱色から緑の草に戻していった。
その後ろをコンジレイティオと、ザイザルと審議官の泥人形が続く。
「これほどとは……」
「静かに」
レオンハート邸にいるコンジレイティオ本人が注意した。
「音声に反応する術式が残っている可能性があります。話す場合は、こちら側でのみで話してください」
「了解した……」
ザイザル本人の後ろに立つイザルトが、四人の動向を見守っていた。
コンジレイティオの魔術によってリヴャンテリ宮殿は完全に凍っていた。
氷の死んだ世界が広がっていた。
庭の木々は赤く染まり、太古から伝わる炎帝の庭を想い起こさせた。もっともそれらは吊るされた人間だったのだが。
中央まで来ると、巨大な扉があった。昔は魔法で動かしていたらしく、カルラン人形の力ではびくともしなかった。
「開け胡麻」
宮殿の主の声が聞こえた。




