11.亡霊はお好きですか? #亡き王女のためのパヴァーヌ
11.亡霊はお好きですか? #亡き王女のためのパヴァーヌ
かつてのリヴャンテリ=レオンハート市――現レオンハート市では不吉な噂が流れていた。
リヴャンテリ宮殿の封印が解かれ、夜な夜な今は亡きソフィア・パスライ・リヴャンテリの亡霊が市内を歩くというのだ。付き従うはソフィア・ベイヴィル・エピセレネと〈異邦人の魔術師〉。
市を統治するレオンハート子爵レオ・ザイザル・レオンハートは一笑に付した。
先日の事件でパスライのリヴャンテリ家は廃絶となり、父のレオンハート子爵は管理不行き届きのため第二子ザイザルに爵位を譲っている。同様にベイヴィルの父エンデュミオン男爵も第一子(ベイヴィルの兄)に爵位を譲っている。イザルトの母セレネ女男爵は元から政治に興味はなく、ザイザルの一人勝ちとなった。
子爵から早々に徴税の引き上げが発表され、市民の不満が形を変えパスライに同情したのだろう。
ただ、噂とはいえリヴャンテリ宮殿を封印した逆賊をそのまま放置できない。その宝物殿には人類の至宝が眠っているのだ。
ザイザルは穏当に憲兵による市内巡回を強化させた。
軍の斥候やビーストテイマー(猛獣使い)に宮殿内を視察させる案もあったが、子爵が却下した。貴重な人員を割くことは、間接的に辺境伯の軍事力を削ぐことに直結する。
ウェストリア大公国の騒動に、オーストライヒ帝国は静観を決めているが帝国にとってもリヴャンテリは揺籃の地だ。侵攻がないとは考えにくい。
「さて、どうしたものか」
レオンハート(獅子心)は名前負けしていた。実際のザイザルはチキンハート(憶病者)だ。臆病であるからこそ、慎重に行動できる。
ザイザルは公都の大学で兵学をすべて履修している。負ける勝負などしない。
「要は最後まで戦場で立っていることだ。そして、できれば戦場ではなく勝つことだ」
そこで考えついたのが、市井の兵を傭うという方法だった。
高額だが、兵力を失うよりは安い。それに、帰ってこなければ払わなくていい。前金でひと月ふた月遊べるだけの銀貨を与えれば、後は成功報酬という参段だ。
ただ、ここで一つ問題がある。泥人形では魔法で透明になっている事象が見えないのだ。
ザイザルも何回か泥人形を宮殿内に入れたが、どれもがすぐに破壊された。ツーマンセルで、二体同時に死角がないようにしても無駄だった。
辺境伯から借り受けたサファイアを使って、コカトリスに乗る手もあるが、ザイザル自身は試したくなかった。
最悪自分だけではなく、伝説のサファイアを失うことになりかねない。縁談も進むこの時期にすべきではなかった。
ウェストリア大公国の民間の軍事組織は冒険者組合に集約されている。レオンハート市にも支部があるが、かつての王都でありオーストライヒ帝国との国境が近いことから加入の条件が他支部より著しく高い。とはいえ大公国軍の規律よりはゆるく、他支部でDクラス以上の実績が認められれば加入できる。
DクラスはSABCDEF七クラスの下から三番目だが、歴戦の下士官といったところか。三年は生き残った者と考えていい。志願兵が満期三年名誉除隊となればDクラスに登録できる。一番下のFクラスが駆け出し冒険者だとすると、Eクラスは中堅の兵長にあたる。D三割、E三割、F三割というようにこの三クラスで全体の九割を占める。
残り一割のCクラス以上は士官クラス=貴族階級だ。貴族の子女はDクラスで採用され、一年半後にCクラスに無試験で昇任する。もっともまともな貴族であれば子女を大公国軍に入隊させるので、冒険者組合に加入しているのは厄介者と相場は決まっていた。陪臣の第三子や側室の第二子などは、爵位を諦め平民として生きる者も少なくない。
SABCの四クラスは庶民には縁のないものだが、全七クラスを無理にあてはめると次のようになる。
・S――大公
・A――王族公爵・臣民公爵
・B――侯爵/辺境伯・伯爵
・C――子爵/男爵
↑貴族 ↓平民
・D――準男爵/騎士(一等)
・E――二等騎士・三等騎士・四等騎士・五等騎士
・F――爵位なにそれ?
一般的に騎士といえば、Dクラスをいう。Eクラスの騎士は必ず等級を言わなければならない。
このように、レオンハート市の冒険者組合の加入者の質は極めて高い。
イザルトがリヴャンテリ宮殿の封印を調査したDクラスの精鋭部隊が全滅したとの報を届けたのは、ザイザルが命じて半日も経っていなかった。
「――」
ザイザルが朝食の茹で卵をスプーンから落とした。半熟らしく、テーブルクロスの上で崩れたる。
総勢四十七名の人選はバラバラだった。国籍も性別も、出自や人種、身長・体重、武器さえも。
イザルトは、冒険者組合マスターから二本足の翼竜を討ったBクラスのワイバーン殺しのグループを紹介された。
他にもBクラスの怪獣を屠ったバジリスク殺しも数組いるという。なお、パスライの陞爵の儀式のリヴャンテリのコカトリスは特別でSクラスの実力が必要になる。並の人類が勝てる生物ではないのだ。生物と言っていいのか疑問だが。
リヴャンテリ宮殿の門は外から魔法錠で固く閉じられており、開けられた痕跡はなかった。
それでいて、終末の煙霧である朱色の霧が門の隙間からじわじわと漏れていた。すぐに希釈されるが気持ちいいものではない。
風の魔法で空気の盾をまとわせたワイバーン殺しが、身を翻して外壁を飛び越えて、宮殿内部に消えていった。
水の魔法で煙霧を中和した魔術師が、氷で空中回廊をつくり歩んでいく。呪符を使う者が後に続いた。
イザルトがザイザルの泥人形を使って、その一部始終を見ていた。
氷の階段をおりて、イザルト人形が庭まで歩くと、そこには何もなかった。
何もないという表現はおかしい。何も見えなかったのだ。朱色の霧以外は。
手を伸ばすが、人形の指先もぼんやり霧に包まれていた。
暗視の魔術を使い視界を広げると、パスライやベイヴィル、それに〈異邦人の魔術師〉の遺体はなかった。兵士のそれもない。
「誰かが片づけた? コカトリスが?」
古書によるとコカトリスは草食だ。この庭の草が主食だ。リヴャンテリ宮殿最大の守護者といえる。
近くで冒険者の悲鳴が聞こえた。複数。男も女も。
殺意を消していれば大丈夫だというザイザルの言葉はアテにならない。ザイザルの泥人形も破壊されているのだから。
イザルト人形が声のする方向に走った。武器は携行していない。
ワイバーン殺しの一人が倒れている仲間を庇いながら、女冒険者が両手剣で戦っていた。
「なんてこと……」
バジリスクだ。コカトリスより鶏冠が小さい雌だ。
バジリスクの大群が冒険者を襲っていた。倒れたそばからバジリスクに喰われていた。
「うっ!」
イザルトが吐き気をもよおすが、人形は体を折るだけだった。
「大丈夫?」
その背中をさする者がいた。
「ありがとう……もう大丈夫」
振り返ると、そこに亡くなったはずのベイヴィルが立っていた。
前と同じように胴を斬られた。
ベッドで眠っていたイザルトが飛び起きた。
「ベイヴィル! ベイヴィル?」
「ベイヴィル?」
起こされたザイザルが、月明かりにイザルトの顔を覗き込んだ。
「何か思い出したのか?」
「泥人形を斬られて……」
「泥人形? そこにあるじゃあないか」
精巧な人形が、ドア近くに立っていた。ザイザルの人形と対に置かれている。
「ザイザルさま、バジリスクが! バジリスクが!」
「問題ない。公都に支援を要請している。今は眠れ」
興奮さめやらないイザルトを抱きしめたが、ザイザルの顔は曇っていた。




