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9.敵の動向はどうですか?「正攻法でやりましょう」

9.敵の動向はどうですか?「正攻法でやりましょう」


 ディアナ辺境伯の伴臣レオンハート子爵の第二子であるレオ・ザイザル・リヴャンテリ=レオンハートが病を理由に、公都ウェストリアを去った。


『貴族が義務を負う』(ノブレス・オブリージュ)をとする貴族社会では、爵位継承権を自ら放棄しかねない事態だ。それだけにどうしても出仕できないとなると、同情の念が大きい。


 とはいえ好敵手ライバルがいなくなったことを陰で喜ぶのが一般的だ。


 ディアナ辺境伯としては、手駒を一つ失う事を意味した。


 何としても、リヴャンテリ子爵などという荒唐無稽なことは阻止せねばならなかった。


 これはアルテミス爵を廃した先々代のウェストリア大公の意に仇なすことでもあった。


 ディアナ辺境伯は有能だった。


 コカトリスをもう一匹増やすことを命じていた。




 イザルトの落ち込みようは半端なかった。客間に軟禁されて、半日で頬がけていた。主人であるパスライを裏切ってまでザイザルに従っていたのに捨てられたのだから、仕方ないとはいえ悲壮だった。


 たぶん眠っていないのだろう。美しい黒髪がかれていない。


 ベイヴィルが声をかけても反応はなかった。


「ダメです。廃人です。マスター」


 戻ったベイヴィルが報告した。


「では、数に入れずに考えよう」


 ぼくは気持ちを切り替えたが、ベイヴィルが言葉を続けた。


「思い詰めるタイプではあったのですが、あれほどとは気づきませんでした。いっしょに育ったんですが……」


「格上には格上なりの苦悩があるからね」


「イザルトはどうなりますか? パスライお嬢さま」


子爵陞爵しょうしゃくまでは謹慎。あれ(レオ)を含めて元老院預かりとするか……」


「うちうちで処分するか」


 ぼくが恐いことを言うと、ベイヴィルが顔を背けた。


 報告すれば子爵家の傷になる。


(病死扱いで軟禁が妥当だろう)


「明日の件ですが、コカトリスがもう一匹いるはずです」


「えっ?」


 意外だったしらいベイヴィルの顔とは対照的に、パスライが笑った。


「それくらいのことはするでしょうね」


 貴族はそうしたものだ。悪辣の仮面を被っている。


「その上で、ぼくならもう一工夫します」


「三匹?」


「そんな野暮なことはしません。たとえば――」


 ぼくが説明すると、ベイヴィルが「悪魔」と断言した。




 かつてのセレネ王国の王都リヴャンテリだ。中央にリヴャンテリ宮殿があり、それを四方の山や川が取り囲んでいる天然の要塞だった。


 過去形なのは、リヴャンテリという都が廃虚だからだ。


 セレネ王の王政から、アルテミス元老院の共和政。オーストライヒ皇帝による興国から東西に分断され、東はオーストライヒ帝国、西はウェストリア大公国となった。


 リヴャンテリは帝国と国境が近く、温暖な南のウェストリアに遷都された経緯がある。


 そのリヴャンテリ宮殿の庭にはコカトリスが生息している。


 文献によればこの怪獣はリヴャンテリを守護していたらしい。


 庭に立ち入った者が剣を抜けば、コカトリスがやってくる。攻撃行動を取る人物が増えれば、その数に応じてコカトリスも増える。


 陞爵で「リヴャンテリを名乗るのであれば、コカトリスを調伏してみせよ」ということなのだろう。


「やっぱりね」


 ぼくとパスライが宮殿に入る前に、ボロを着た男が剣を抜いていた。


 リヴャンテリ宮殿のコカトリスを知らない者はいない。脅されたか、人質を取られたか、放題な報酬を約束されたか。


 コカトリスに一睨みされた男が石化した。ソースコードによれば、純粋な石になったのではなく、急激な硬質化だ。


 ぼくはパスライから借りたサファイアを手に、コカトリスに近づいた。


 入口近くにパスライと、審議官の泥人形ゴーレムが見守っていた。


 コカトリスが邪視でぼくを見るけれど、動きは変わらない。


 ぼくが剣を抜くと、もう一匹が飛んできた。


 上を見ていると、正面のコカトリスの尾にある蛇の頭が、ぼくの背後から近づいた。


「止まれ」


 ぼくが命じると、凍ったように動きを止めた。降りてきたもう一匹も静かにドラゴンの翼を閉じた。


「〈異邦人エトランジェ魔術師ウィザード〉――何をした」


 審議官の泥人形ゴーレムわめいていた。


「ぼくを主人マスターだと認めさせただけです。つ必要はありません」


「何をバカなことを! 貴様、陞爵の儀式を愚弄するのか!」


「滅ぼすより飼うほうが困難です。パスライをリヴャンテリ子爵にしてください」


「認められるか! おい! あやつを捕らえろ」


「ですが、城内に入ると石になってしまいます」


「素手で捕まえればよかろう!」


「は!」


 兵士が十名ほど入城したが、すぐに石化してしまう。


(武器ではなく、殺意に反応するんだよ)


「城門を閉めてしまえ」


「同じことです」


 門に手をやった兵士が固まってしまった。


「これでどうだ?」


 ぼくが背後を見ると、空にコカトリスに乗った魔術師がいた。コカトリスが口から毒を散布している。


(不意打ちは黙ってしなきゃ意味がないんですよ)


「解毒しろ。お前はパスライを守れ」


 目に布をあてた兵士が、審議官の泥人形ゴーレムの誘導でパスライを攻めていた。


「人形を壊せ」


 ぼくが言い終わる前に、泥人形ゴーレムが粘土に戻った。


 光学迷彩で見えないが、ベイヴィルだ。


 ぼくはというと、空中のコカトリスに翻弄されていた。


 戦場において制空権の有無が勝敗を決すると言っていい。


 たった一匹だが、地上の十六匹に値する。


 他のコカトリスはすべて地上に下ろしていた。


 単調な命令しか受け付けないのだ。


 ぼくにビーストテイマー(猛獣使い)の才能はないらしい。


 どうにかしようと、一歩踏み出した瞬間、背中にグラディウスの一突きがあった。


 倒れる。





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