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1.ここはどこですか?「異世界でした」

1.ここはどこですか?「異世界でした」


 雨が降っていた。


 ぼくは樹齢数百年あるだろう大樹の陰に横になっていた。


 スマートウォッチが心拍数低下から、警告音を発していた。


 目覚めたぼくがそれを停止させて身を起こした。


 数値を確かめると、低いが正常値の「六〇」だった。


「ここはどこですか?」


 声に出したが、誰も答えてはくれなかった。


 それもそのはず、ぼくの視界には誰も(生きている人間は)いなかったから。


 スマートフォンを取り出した。


 表示は「圏外」で、Bluetoothも無線もゼロ。赤外線はついていない。


 時刻を確かめた。デバイス二つが違う時間を示していた。


 スマートフォンに「同期を再設定しますか?」と聞かれたが、断った。


 月に時計を二つ持っていくと、どちらが本当の時間か分からなくなる。ブラックジョークを言えば、止まっている時計は一日二回正確な時刻を示す。


 雨で太陽の位置が分からないので正確な時刻は分からない。


 時空――時間も空間も分からない。


 立ち上がったぼくは服装を正した。チャコールグレイの細縞の三つ揃いのパターンオーダースーツ。裏地はキュプラ、ボタンは黒蝶貝。ポケットチーフはベビィブルー。


 酔って転んだ――までは覚えている。衣服の破れはなかった。


 そうそう、どうしてここが異世界だと分かったかというと、目の前に女騎士がいて、剣先がコカトリスの喉笛を切り裂いていたから。


 ただし、石像として。


 不思議とプレートアーマーなどの装備品は石化されていなかった。


 コカトリスは雄鶏の頭と爪、ドラゴンの胴と翼、蛇の尾というように複数の生物が混じった怪獣だ。高さは二メートルほどしかないけれど、ドラゴンの翼を広げると六メートル以上あった。


 ぼくとしては、射程四〇〇可変式プラズマライフルがあったとしても勝てる気がしなかった。


 チーフと同色のハンカチーフをマスクがわりにすると、本切羽の袖を開いて腕をまくった。


「コカトリス……ん? バジリスクだったかしら?」


 想像上の生き物に対して、あまり知識がない。


「(女騎士は)喉を切ったあと、逆袈裟で首を刎ねようとしていた?」


 右上から左下に切る袈裟切りの逆で、実戦ならそうとうな技量がいる。


 武具に細かな古傷が多いが、よく手入れされていた。


「……右手?」


 右手が右腰を目指していた。本来なら剣を握る左手の上になければならない。


 ベルトの右のポケットが開いていた。その隣の幅広の剣はグラディウスだろう。


「何かを取り出そうとした?」


(状況から考えて石化を防止する、または石化しても解除できるアイテムかしら)


 ぼくは彼女の装備に手を触れないように、足下の草をよく見た。


 雨の中でも、何か光っていた。


 小指の先ほどの青い宝石――サファイアだった。目の意匠デザインがていねいに施されている。シルバーのチェーンも造形が深い。


邪眼イーヴィルアイ除けか……」


 トルコのお守りのナザール・ボンジュウに似ていた。前にお客さんにお土産でもらったことがある。


「使い方が分からない……」


 考えるまでもなく、女騎士の右手に渡せばいいのだろう。


 とはいえ、怪獣までも生き返ってしまう可能性もなくはない。


 少し考えた。


「剣があるのだから、盾もあるはず」


 あった。


 紋章の意匠デザインは、倒れたコカトリスの上に眠る獅子ライオンだった。


 その下に書かれた紋章の文字は歴戦の痕から判読できなかった。図案から考えると「敵を倒してのち眠らん」とかそうした意味かしら。


 考察として、一五九しかないぼくよりも十五センチは高いだろう若く美しい女性は、たぶん「コカトリスを倒す」という成人の儀式の途中で石化してしまったのだろう。


 だが、それだと疑問が残る。


 どうして〝コカトリス〟が石化したのか?


「たぶんコレが影響しているんだろうな……念のために」


 ぼくは盾を使ってコカトリスの尾の蛇の頭を割った。重心が移動したコカトリスが後ろに倒れそうになった。


「おっと!」


 女騎士も反動で倒れてしまう。


 背中から支えると、その右手にサファイアを置いた。石化が解けはじめると、強く握らせた。


「うおぉー!」


 復活した女騎士が左手一本で逆袈裟に、倒れつづけるコカトリスを二つにした。石化していた無機物と、復活した有機物が混ざった音が鈍く響いた。


 女騎士がもう一度袈裟斬りに、断末魔に攻撃する尾にある蛇を落とそうとするが、ない。


「!」


 女騎士としては〝宝石で石化を防いでコカトリスを一人で倒した〟はずだった。


(どうして蛇は潰されているのか? 大切な盾をどうして見知らぬ異邦人エトランジェが持っているのか?)


 たぶんそんなことを考えているはずだろうと予測した。


「やあ」


 ぼくがにこやかに声をかけると、女騎士が躊躇なく盾を打ち払った。


 暗転。





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