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あ、そう言えばハタルはどうしたんだろうと思っていると、洞穴の入り口で一人佇んでいた。まだクルトたち人間への不信感が拭い去れない。だけど、弟のミルマ、妹分のカルフはもとより婚約者のハルパまで人間と意気投合してしまった。
何とも忸怩たる思いかと思うが、ここはただただ見守るしかないよね。
◇◇◇
さて、今度はノルデイッヒに向かう下り坂だ。先頭を歩くのはクルトとミルマ。真ん中はカルフと護衛のデリアだったが、そこにハルパが加わった。女性三人でキャッキャ言いながら歩いている。
もうちょっと緊張感があってもいいような気もするが、前方はクルトとミルマがきっちり警戒しているし、カルフはともかくデリアとハルパはそれなりに戦闘力が高い。人間とドワーフの友好を深める点からもこれはまあいいか。
で、最後尾をふて腐れたような顔でついてきているのがハタル。よくついてきてくれているなとも思ったけど、よく考えれば未知の土地で単独行動をする危険さも分かっているんだろうね。
クルトにデリア、それにミルマとカルフもこの道を通ることが二回目であるせいか、やはり下り坂も前回より進みが早い。巨石のとこまでもあっという間についた。巨石を越えることも、もう四回目。
ミルマとカルフは慣れた手つきでロープを持って、するすると巨石を登る。ハルパはハタルがまたロープを切ろうとしないか監視しているが、見たところもはやハタルにはそんな気力もないようだけど。
「それにしても、やはりこの巨石越えは面倒だ。何とかならないかなあ」
そんなクルトの呟きに、デリアは笑顔で応えてくれる。
「爆破という魔法があるらしいですが、どのくらいの価格かも分からないし、購入してもどのくらいの威力があって、巨石をどのくらい壊せるかも分かりません。今は鉱石取引を頑張って、巨石を壊すのは後のお楽しみですね」
うーん。そうかあ。そうだよなあ。デリアが冷静でいてくれるので助かるよ。
◇◇◇
巨石はあっさりと越えられた。ノルデイッヒの町も見えるところまで来た。さて、これからが問題だ。クルトとデリアは人間社会において、既に死んだことになっている。そして、他のメンバーはドワーフだ。本来、そんな現実はぶっ飛ばさなければいけないのだけれど、ドワーフも人目をはばからなければならない。
さてどうするか。今はノルデイッヒの門番もグスタフさんたちの尽力で随分ましになったはずだから、ギルドマスターのトマスさんあてに手紙を届けてもらい、深夜に裏口を開けてもらうか。
「兄ちゃん。随分可愛い姉ちゃんと珍獣を四匹も連れているじゃねえか。全部置いていけ。そうしたらおまえのことだけは見逃してやるよ」
◇◇◇
これだ。こういう馬鹿な野盗がいるから、ドワーフは人目をはばからなければならない。クルトは槍を握り直す。
「どうして野盗というのはこう馬鹿が多いんでしょうね」
あ、デリアが怒っている。
「今、『珍獣』と言いましたか? まさかデリアの大切なハルパ、妹分、弟分のことを『珍獣』と呼んだ訳ではありませんよね? 『珍獣』はあなたたち野盗の方でしょう?」
「何だと! この女!」
頭に血が上った野盗の一人がデリアに襲いかかってくる。
「(ハルパ……カルフを……守って)」
デリアはそう言うが早いか鉄の杖を振り上げ、野盗の額に痛烈な一撃を加える。ふらついた野盗に更に一撃。野盗はそのまま倒れる。
「(ヒュー)」
ハルパは後方で賞賛の口笛を鳴らす。
「(やるねえ。ハルパの大切なデリア。だけどさ、次はハルパにやらせてくれないかい? 『珍獣』呼ばわりされて頭来ているんだよハルパも)」
デリアは頷くと後方に下がり、カルフの脇に立つ。ハルパはそれを確認してから、戦斧を振りがぶると、「(キィエーイ)」という絶叫と共に一番近いところにいた野盗に向かい突進。一撃で頭蓋を叩き割った。
「「「うっ、うわああああ」」」
クルトから奪い取るつもりだった「女の子」とあっちが言うところの「珍獣」に瞬く間に二人を屠られた野盗たちは恐怖にかられ逃走を始めた。
「逃げられるとでも?」
デリアは厳しい目で逃走する野盗たちを睨むと
「混乱」
魔法攻撃をかけた。
野盗たちは混乱に陥り、逃げることも出来なくなり、その辺を徘徊し始める。
「(ミルマ……仕留めに……行くよ)」
ミルマは頷き、槍を構え、野盗たちに向かっていく。
ドワーフの存在を知り、あまつさえ己がものとしようとする野盗たちを生かしておくわけにはいかない。
クルトはもとよりミルマにとっても、デリアの混乱魔法にかかった野盗など敵ではない。物を片付けるかのように一人一人倒していく。
そして、全てを倒し終わった時、ミルマはクルトの目を見つめた。
「(クルト)」
クルトは頷く。
「(ああ)」
敵の気配は消えていない。いや、むしろ数段強くなっている。今さっき倒したばかりの野盗たちとは別のグループだろう。警備隊の任務は市中を守ることだし、こんな商品が何も得られないところに商人も国軍も来ない。相手が野盗に類するものであることだけは確かだが。