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ウルフの群れが生活していた洞穴はやはり糞尿や食べ残しの骨とかが散乱していた。それでもその期間は数日間といったところだから、量がそんなに多くないのが救いだ。
クルトとミルマは外に埋めるための穴を掘り、デリアとカルフは洞穴内のゴミをかき集めた。
洞穴内はこれで綺麗になったけど、後問題なのは五頭のウルフの死骸だ。通常の冒険中は先を急ぐ意味もあって、多くは放置だ。魔物が死骸を食べにくるので、こちらの魔物との遭遇率が下がるメリットもある。
だけど今回は話が別だ。放置すると食べるために魔物がくるということは逆に洞穴周辺で宿泊する以上、遭遇率が上がる。
この場合、掘った穴に埋めたりすることが多いけど、クルトはミルマを誘ってみた。
「(ミルマ……一緒に……ウルフの……解体やってみない?)」
「(やるやるっ!)」
予想通りミルマは飛びついてきた。ウルフは毛皮も肉も高品質とは言い難いけど、それでも売ればなにがしかのお金になるし、肉はその場で食べることで冒険時の携行食糧の節約に繋がる。
冒険者志望のミルマにとってはいい経験になるよねと思っていたら……
「(カルフもやる)」
「(デリアもっ!)」
「(カルフ……君は……薬師志望……だよね……ウルフの解体とか……大丈夫なの?)」
「(やるっ! 立派な薬師になるためにいろいろなことを経験しておきたいっ!)」
「うーん凄いなあ。でもデリアはどうなの? 元は大商家のお嬢様なのにウルフの解体とか大丈夫なの?」
「何言っているんですか。それならクルト君だって大商家のお坊ちゃんでしょう? デリアが何年冒険者やっていると思っているんですか?」
うん。そう言われればそうだね。かくてウルフの解体作業は和やかな雰囲気で進んだ。刺殺殴殺しているから飛び散った血とかが毛皮に付着しているが、拭き取ったり、あまり付着が多いところは切り取って廃棄する。
「(ふーん)」
しげしげと毛皮をながめるデリア。
「(使えない部分も……大きいから……コートとかは……無理だけど……手袋とか……マフラーとかに……するのはどうかな?)」
そんなデリアの言葉に目を輝かすカルフ。
「(いいね。他にも小物とか作れるんじゃないかな?)」
キャッキャと騒ぐ人間とドワーフの女子たち。こうして見るとやっぱり人間もドワーフも関係ない。種族の違いなんて関係ないよね。
◇◇◇
毛皮の整理は終わって、次は肉だ。骨も何かに使えるのかもしれないけど今回は廃棄。肉も干し肉とかにするのもいいけど、今回はそう長くここの洞穴に滞在できるものじゃないから、出来るだけこの場で焼いて食べてしまおう。
良い匂いが漂い出す。ミルマなどは今すぐにでもかぶりつきたいような表情をしている。
「(いいよ……ミルマ……食べて)」
「(やったっ!)」
言うが早いか、かぶりつくミルマ。そして、じっとこちらを見るカルフ。
「(カルフも……食べて)」
勢い良く頷くと同時に食べ始めるカルフ。その姿は何だかほっこりするなあ。
もちろんクルトとデリアも食べているけど、これからが肝心。クルトとデリアは焼き上がった肉をいくつか手製の串に刺すと、ハタルとハルパのところに持っていく。
「(どうですか?……召し上がり……ませんか?)」
こういう時はやっぱり無愛想が出るクルトよりデリアに言ってもらった方がいいね。
「(ありがと)」
笑顔で受け取るハルパ。さて、ハタルは?
「(ふん)」
やはり仏頂面。まあ食べ物で釣れるほど甘くはないと思っていたけど。
「(ムスっとしてんじゃないよ。好意には素直に甘えなっ! 腹減ってんだろっ?)」
「(うるせえな。いくら腹が減っていたって人間が仕留めた魔物の肉なんか食えるかっ!)」
「(全く。ろくに戦闘の様子なんか見てなかったね。仕留めたのはミルマが三頭、ハルパが二頭で全部。人間たちはカルフを守ることを優先していたからね)」
その言葉にハタルは肉をかじる。そして一言。
「(不味い)」
ハルパはそんなハタルの背中をバンと叩く。
「(本当に素直じゃないんだから。ハルパが仕留めた魔物だぞっ! 旨いと言えっ!)」
「(……旨い)」
何だかんだでいいカップルかも。この二人。
◇◇◇
翌朝は快晴だった。クルトが起き出すと、ミルマもそれに気づいて起きてきた。と言うかもうデリアとカルフが洞内にいない。
特に悲鳴とか物音も聞こえなかったし、カルフはともかくデリアはそう簡単に拐かせないほどの実力がある。おまけに入り口ではハルパとハタルが見張りをしていたし。心配いらないだろうと思って外へ出ると、案の定、デリアとカルフは今まで登ってきた道を見下ろしながら何やら話している。いや二人だけじゃない。ハルパもいる。
「(ほら……その先……あそこが……ドワーフの集落)」
「(あそこから来たんだね)」
カルフも感慨深そうだけど、ハルパはもっと感慨深そうだ。初めて集落を離れたんだよね。考えてみれば凄い決断力だなあ。