92
クルトの受けたダメージは思ったより大きい。治癒魔法をかけたいところだが、相手方のウルフのリーダーはそんな隙を与えてはくれない。
残るウルフは六頭とミルマが首を刺した手負いの一頭。何と手負いの一頭もこちらに向かってくる。
こちらが迎撃出来るのはデリアが二頭、ミルマが防御に専念して二頭。どうしても足りない。くそっ、動けっ! クルトの体っ!
◇◇◇
デリアもミルマも出来るだけ多くの頭数を撃退しようとしてくれたが、やはり二頭ずつが限界だった。
いよいよダメかと思ったその時、少し離れたところで「(この馬鹿野郎がっ!)」とドワーフ語で声がした。
その後、クルトの前に現れたのは手負いのウルフ、一頭だけだった。
「(クルトッ! 他は撃退した。そいつは確実に仕留めろっ!)」
またもドワーフ語で声がした。その言葉にクルトは槍の穂先で手負いのウルフの喉を刺し、確実に仕留めた。
「(クルトッ! 敵は意気消沈している。今のうちに自分に治癒魔法をかけてっ! デリアもクルトにかけてっ!)」
何て的確な指示だろうと感心する間もなくクルトは自分自身とデリアの治癒魔法で回復した。
◇◇◇
ここで冷静に戻れたクルトには分かった。さっきから危機に的確な指示を出してくれたのはハルパだった。
「(ハルパ……どうして?)」
「(その話は後だ。向こうは六頭でくる。さあ、どう応戦する? クルト?)」
ハルパの言葉にクルトは頷く。ハルパが助けに来てくれた以上、指示はドワーフ語だ。
「(デリアは……二頭撃退……クルトも……二頭撃退……ハルパは……一頭撃退……ミルマは……一頭刺殺)」
「ハルパは一頭なら『撃退』じゃなくて殺せるぜ。クルト」」
「(ハルパ……出来たら……お願い……でも無理しないで)」
「(了解っ!)」
◇◇◇
デリアは三度目のウルフの襲撃を慣れた手つきで鉄の杖を使い、二頭のウルフを撃退する。ミルマも牙をむくウルフの口中に槍を突き入れ、弱ったところを首を刺して仕留めた。ハルパは何と先端に斧の付いた戦斧を大上段に振りかぶると襲撃してきたウルフの頭に叩き落とした。
「グギャ」
悲鳴と共にウルフの頭骨は陥没し、真下に崩れ落ちる。更にハルパは逆襲を全く恐れず、再度大上段に振りかぶり、ウルフの頭に叩き落とした。
そのウルフはもうピクリとも動かなくなった。ドワーフの剣法は一撃必殺って本当だったんだ。
おっと感心している場合じゃないぞ。こっちにもウルフが二頭。だけど三頭や五頭を相手にしていたのだから、楽にも感じる。よし思い切り槍の鉄芯を振ってやる。
「ギャン」
「ギャン」
ウルフが二頭まとめて吹っ飛んでいく。仕留めるまではいかなかったかもしれないけど、相当のダメージは加えた。少なくとも手負いにはした。
◇◇◇
「ウオオオオーン。オン」
リーダーらしきウルフが遠吠えをする。だけどその声は今までとは少し違うようだ。
次の瞬間、リーダーらしきウルフは一目散に少し離れた茂みに逃走。辛うじて生き残った四頭もそれに続いた。洞穴は住処としては好適だったが、これ以上の損害を出してまで守るものでもないと判断したか。
◇◇◇
「(フン。生き残ったか。案外しぶといな。人間どもは)」
戦闘が終わった後、気怠そうにハタルがその姿を現した。
「(ハタル)」
そんなハタルに笑顔を向けるハルパ。
「(お疲れ様。ちょっとこっち来て)」
何だ何だとやってくるハタル。そして、ハルパのところに来たところで、
ゴツンッ!
ハルパからハタルの頭上に拳の一撃が。
「(痛ってえな。何しやがる。ハルパ)」
「(何しやがるじゃないっ! こっちがたくさんの敵に囲まれていたのに何ぼさっと見てやがったんだっ!)」
「(ハタルには人間を助けてやる義理はねえ)」
「(ハタルは何を見てたんだっ! もうちょっとでカルフがやられるところだったんだぞっ! ハルパが人間たちを助けなかったら、ハルパらはカルフを見殺しにした奴になるところだったんだっ! 分かってんのかっ?)」
「(……同族のカルフがやばいところを助けられなかったのは悪かった。だがそれを言うなら、そこの人間二人はドワーフの同族を誘拐した人間の同族だ。信用できねえっ!)」
「……」
ハルパはそこでハタルとの会話を打ち切り、クルトの方を振り返った。
「(クルト。今日はそこの洞穴で泊まるつもりだったの?)」
「(そう……ウルフたちが……住んでいたみたいだから……清掃はいるけど……ここに泊まるつもり)」
それを聞いたハルパは笑顔でこう言った。
「(それならハルパとハタルが洞穴の外で番をするよ。他のみんなは中で休んでくれ。せめてものお詫びだ)」
「(おいっ、ちょっと待てよ。勝手に決めるなっ! ハルパッ!)」」
語気を荒げるハタル。それに対し、負けずに返すハルパ。
「やかましいっ! ハタルが一緒に洞穴に入ったら、また『人間たちが寝たところを見計らって殺す』とか言い出すだろう。そうなりゃミルマとカルフだって休めたもんじゃないよ。ハルパが付き合ってやるから外で寝るんだ」
「(あ、あの……ハルパ)」
デリアがおずおずと口を開く。
「(デリアが……番犬の魔法を……かけるから……魔物は……襲撃してこない)」
「(ありがとう)」
ハルパは頷く。ハタルは相変わらずだけど、ハルパとはミルマやカルフと同じくらい分かり合えてきた。ここは好意に甘えた方がいいだろう。




