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ハタルとハルパの言い合いが続いている間にクルトとデリアは登頂を果たした。登頂を果たすや否やミルマがクルトたちに声をかけてきた。
「(クルト、デリア。すぐに反対側にロープ降ろすから、伝って降りちゃって)」
「(え?……大丈夫……なのかな)」
「(大丈夫。もうハタル兄さんが何かしようとするとハルパ姉さんが止めてくれるから。早いうちに危険な場所は通過しちゃった方がいい。ここで魔物に襲撃されたら嫌だしね)」
それはそうだ。巨石の上では足場も安定しないし、ロック鳥でも来られたら戦いにくい。これはさっさと降りた方がいいね。
クルトとデリアはなおも言い合いをしているハタルとハルパを尻目に手早く巨石を降りる。クルトたちが地面に降りたことを確認したミルマはハタルたちに声をかける。
「(ハタル兄さん。ハルパ姉さん。クルトとデリアももう下に降りたから、ミルマとカルフも、もう降りるよ)」
「(なっ、ちょっと待て。ミルマ。人間たちはもう降りちゃったのか?)」
「(もう降りたよ。いつまでもここにいたら危ないよ。足場も悪いし、魔物が来たら大変だよ)」
バンッ
「(ほらほら。ミルマが言う通りだよ。いつまでもこんなところにいたら危ない。降りるよ。降りるよ)」
ハルパはハタルの背中を叩いて促す。
「(くっそー)」
ハタルは悪態を吐くと巨石を降り出す。
◇◇◇
そこから先は魔物との遭遇がないまま順調に進んだ。こちらがそれなりの戦闘力を持ったパーティーだと察しているのかもしれない。
それにそう離れていない時期に一度通った道だというのも大きい。陽は陰りかけていたが、クルトはデリア、ミルマ、カルフと相談して、前回整備した洞穴まで行くことにした。ハタルは「(けっ)」と言うだけだし、ハルパはニヤニヤ笑っているだけだけど、これは仕方ないな。
◇◇◇
頂上に着いた時には陽はとっぷりと暮れていた。
「クルト君」
「(クルト)」
やっぱりデリアとミルマは気が付いたか。暗闇の中に光るたくさんの眼。ウルフの群れだ。どうも前回整備した洞穴を巣にしているらしい。人間やドワーフにとって過ごしやすい環境は魔物にも過ごしやすいってことか。まあ、この街道の往来が活発になれば、そういうことも防げるのかもしれないけど。
そんなことを考えている場合じゃないな。クルトとミルマは槍を握りしめる。デリアは左手でしっかりとカルフの腕をつかみ、右手で持った鉄の杖を前方に斜めに構える。ハタルとハルパはクルトの指示を聞かないだろうし、ここは自分の身は自分で守ってもらおう。
最初はミルマと二人で突撃して何頭か倒し、ウルフの群れの陣形を崩してやろうかとも考えたが、それをやるとデリアとカルフが敵中に孤立することが懸念される。
それくらいウルフの群れの包囲網の展開が迅速だ。
「相手にはいいリーダーがいるみたいですね」
うん。デリアも気が付いた? ミルマも頷いている。
「ウオオオオーン。オオーン」
ウルフのリーダーの合図の遠吠えだ。来るっ!
全部で六頭が半円形の陣形で一斉に攻撃してくる。統率が取れている。手強い。
「デリアッ、二頭防げる?」
「やってみますっ!」
「(ミルマ……一頭を……確実に……仕留めて……残る三頭は……クルトが止める)」
「(分かった)」
クルトは自分の槍の穂先を使わず、柄の鉄芯を最大限に活用して、三頭のウルフの突撃を撥ね返す。デリアも鉄の杖で二頭の突撃を止める。そして、ミルマだ。クルトの指示に忠実に牙をむいて襲いかかってくるウルフの口の中に槍の穂先を突っ込み、その喉を貫くと、素早く引き抜く。
「グギャアアア」
悲鳴を上げてその場に倒れ落ちる一頭のウルフにすかさずミルマは首を刺して、とどめとする。うん。これもクルトの教え通りだ。
よしこれで一頭ずつ仕留めていけばいい。相手の数が減れば、クルトとデリアもブロックから反撃に転ずることも可能だ。
だがそんなクルトの思いをよそに、ウルフのリーダーは再度遠吠えをした。「ウオオオオーン。オオーン」
「!」
驚いたことに後方から更に三頭のウルフが現れた。と言うことは八頭による包囲!?
デリアが二頭をブロックし、ミルマが一頭を仕留めるとして、残るは五頭か。クルト一人で相手するにはきつい数だが。
「ウオオオオーン。オオーン」
くっ、考える時間もくれないってかい。
「クルト君、どうする?」
「(クルト……)」
ごめん。デリア、ミルマ。指示が間に合わない。とにかく前回の指示を踏襲して。
デリアは鉄の杖で二頭のウルフを撃退し、ミルマは槍の穂先で一頭のウルフを仕留めた。そして、クルトは出来るだけ多い数のウルフを撃退せんとしたが、やはり三頭しか止められなかった。残り二頭はカルフに牙をむいて襲いかかる。カルフも鉄の杖を構えてはいるが、そちらの訓練は一切していない。撃退は難しい。くそっ!
クルトは反射的に二頭のウルフとカルフの間に飛び込む。体で止めないと間に合わない。
「ぐっ」
二頭のウルフの牙がクルトの左肩と右足に刺さり、鮮血が噴き出す。
「こなくそがー」
もはや冷静に槍を振り回せる状態にない。がむしゃらに振り回したら、左肩に噛みついたウルフは「ギャン」という悲鳴とともに離れた。
だが、右足に噛みついた方はしぶとく離れない。ミルマが首のところを狙って、槍を突き刺し、ようやく離れた。




