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「デリア。もう一回魔法で攻撃して」
「(ミルマ……クルトと……一緒に来て)」
デリアは頷くが早いか、今度は「冷凍」の魔法を喰らわせる。既にフラフラしていたロック鳥には見事に決まり、失速して墜落する。恐らく関節部が凍って飛べなくなったのだ。
更に魔法攻撃をかけようとするデリアをクルトは止める。
「デリア。待って。ここはミルマに任せてほしいんだ」
デリアは笑顔で頷いてくれる。
「ここはクルト君の愛弟子にお任せしましょう」
「(ミルマ……ここは任せる……とどめを刺してみて)」
ミルマは勇躍前に出る。ロック鳥はデリアの魔法で関節を凍らされいるから、爪や羽を使った攻撃は出来ないが、辛うじて首は動かせるらしく、しきりにくちばしを使って威嚇してくる。
ミルマはそれを巧みにかわしながらロック鳥のふところに飛び込むと槍をその心臓に突き刺すと素早く抜くと共に、その場を素早く退避する。うん。クルトが教えたとおりにやってくれているね。
「グギエエエエ」
ロック鳥は苦悶の悲鳴を上げると共に心臓より多量の血を噴出する。しかしなおも首を振ってくちばしを突き出し、威嚇を続ける。但し、その動きはミルマに心臓を刺される前に比べ、明らかに鈍い。
もはやミルマはロック鳥の威嚇をたやすくかわし、今度はロック鳥の頸動脈に槍を突き刺して、素早く抜く。
うんもう大丈夫だね。後はミルマに任せておけばいい。それにしてもミルマは戦士としては優等生だね。クルトはもとより、カール君やヨハン君と比べても上達が早いのではないかな。
さて、クルトはハタルに近づくと治癒の魔法をかける。
ハタルは自分の手足が自由に動くことを確認してから、舌打ちする。
「(ちっ)」
「(誰が助けてくれと言ったよ。大した傷じゃあなかったんだよ。余計なことすんな。間違ってもこんなことで、おまえら人間を信用したりしないからなっ!)」
やれやれまだまだ道は遠そうだな。後ろにいたハタルの婚約者ハルパは苦笑い。意地っ張りなんだからもうって顔をしている。
◇◇◇
前回通ったとき、道を思い切り塞いでくれた巨石は今回も残っていた。もちろんクルトとデリアは登れないから、ここでいったんストップ。
「(何だ? 何てここで止まっているんだ?)」
いぶかしげなハタル。ドワーフにとって巨石が道を塞いでいるから通れないという発想自体がないのだろう。
何か悔しい気もするが、ここは見栄を張っても仕方がない。クルトとハタルの間での見栄張り合戦になっちまう。正直に言うしかない。
「(クルトたち人間は……巨石で塞がれた道を……通ることが……出来ない……前回は……先に登った……ミルマたちに……ロープを下げてもらった)」
「(ぷっ)」
ハタルは吹きだした。
「(こんなところを通れないってのか。どうしようもねえな。人間ってやつは。そういうんだったら鉱石取引なんか諦めたらどうだ? あ?)」
ミルマとカルフはそんなハタルの嘲笑はスルー。こんなことには慣れているとばかりにスルスルとロープを持って、巨石を登る。それを見たハルパもそそくさと巨石を登り始める。
爆笑していたハタルはそれに気づかず、「(なあ、ハルパもそう思わないか? 巨石も登れないような奴が峠越えて、鉱石取引したいなんてお笑いだろう?)」
ところがそのハルパはもう巨石の中腹まで登っている。ミルマとカルフに至っては、既に頂上に到着しそうだ。そのことに気づいたハタルは大慌てで巨石を登り始める。
「(おいっ、なにハタルを置いたままで巨石登ってんだっ! ちょっと待てっ!)」
そうこうしているうちに頂上に着いたミルマとカルフからロープの先端が下げられてくるので、クルトたちは登攀を始める。
ドワーフたちには及びもつかないが、こっちだってロープを使っての登攀は三回目だ。多少は慣れてきた。おっかなびっくりだった初回からみればスムーズに登っている。まあこれは上で支えてくれるミルマとカルフとの信頼関係がしっかりしていることも大きいけど。
ミルマとカルフとほぼ同時にハルパも登頂した。それからだいぶ遅れてハタルも登頂。クルトたちも、もう少しで登頂できるところまでき来た。
事件はそこで起こった。
ハタルは不敵な笑みを浮かべると、懐からナイフを取り出すとミルマとカルフがクルトとデリアを支えるために持っているロープを切ろうとしてきたのだ。
これはまずい。幸いもう一歩で登頂できるところまで来ている。ロープに体重を預けるのをやめて斜面にしがみついて這い上がるか?
だが、事態は違った方向に動いた。ハルパがハタルの手首を思い切り叩き、ハタルがナイフを取り落としたからだ。
「(何しやがるっ? ハルパ)」
「(何しやがるじゃないよっ!)」
ハルパは鬼の形相だ。
「(信用出来ないことがはっきり分かったら殺してもいいとは言ったけど、こんなセコい殺し方はやめろって言ったでしょうがっ!)」
「(いや、ハタル《俺》は人間が信用出来ないから……)」
「(人間が信用が出来る出来ない以前に、そんなセコい殺し方した日には、ハタルの方が信用出来ない奴ってことになるよ。ハタルのことをミルマもカルフもテベトゥさんもエフモもトジュリも誰も信用しなくなる)」
「(みんなだまされている。信用出来ないのは人間たちで、ハタルじゃないっ!)」
「(だったら他から見ても人間が信用出来ないことを証明してみせた上で、正々堂々と殺せっ! そうすれば誰も何も言わないよっ!)」