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商品サンプルとしての鉱石は驚くほど早いうちに出揃った。
しかも相当な高品質だ。ドワーフの採掘と鍛冶の腕が秀逸という噂は本当だった。
これならノルデイッヒのギルドマスタートマスさんも相当な高評価をつけてくれるだろう。
ザックに通常の荷物に加え、鉱石を入れる。クルトのザックだけでは入れ切れないので、ミルマのザックにも入れてもらう。更にそんなに入れられないけれど、デリアとカルフも入れてくれた。
ハタルは当然入れてくれない。
「(ハタルはおまえら人間どもが、いかに信用出来ないか立証しに同行するんだ。協力するようなことが出来るかっ!)」
との主張である。
ハルパも「(ハルパも今回は中立の立場だからね。どちらかに加担する行為は避けさせてもらうよ)」と言って鉱石は運ばない。
まあ四人いれば、十分な数のサンプルを運べるからいいのだけど。
◇◇◇
さて、出発だ。クルトの武器は相変わらずの鉄芯入り槍。とは言っても、本来柄の部分を覆っているはずの木はないままだ。ドワーフの凄腕鍛治師に何とか直せないか頼んだが、金属加工は大得意だが、木材加工はあまり得意ではないとのことで断られてしまった。
デリアは相変わらずの鉄の杖。クルトが何度も愛用の槍の柄の木の部分をダメにしているのと比べると、本当に物持ちがいい。
ミルマも槍だ。故郷に帰ったのだから、ドワーフが得意とする武器戦斧に持ち替えても良かったのだが、ミルマは「クルトと同じ武器がいい」と言って、槍にこだわった。嬉しくもあるが、ミルマの実の兄ハタルが露骨に嫌な顔をすることにはうんざりする。
カルフは壊れてしまった木の杖の代わりに鉄の杖を装備した。正直、鉄の杖を装備するにはまだレベルが低いのではないかと思うのだけれど、さっきも言ったけど、ドワーフの鍛治師たちが木材加工をあまり得意でないのと、カルフ本人が魔法を早く覚えたがっていることによる。鉄の杖は魔法によっては破壊力を増幅させるので、それを期待しているのだ。
ハタルとハルパはドワーフが伝統的に得意としている武器戦斧だ。槍に比べ、機動性に劣るが、打撃力に優れている。駆け出しの戦士には槍の方がとっつきやすい。だけど、少しは慣れてきた今、クルトも戦斧を使ってみたい気がしなくもない。
だけど今戦斧を使うと間違いなくハタルからあれこれ言われそうだ。大事な鉱石をノルデイッヒのギルドに届けるという重要な仕事がある。避けられるトラブルをわざわざ起こすこともない。
◇◇◇
「(前回は……ロック鳥いや……ルフに……集落の入り口付近で……襲われた……上空も……注意しないと)」
そんなクルトの言葉に、デリア、ミルマ、カルフは一斉に頷くが、例によってハタルはそっぽを向いた。
「(ふん。ルフはその集団の中で一番弱い個体を目ざとく狙う。クルトが狙われないように精々気をつけるんだな)」
ハタルの憎まれ口はともかく前回もトジュリが狙われたし、一番弱い個体を目ざとく狙うというのは本当だろう。クルトはミルマと目配せする。今回の場合、狙われるとしたらカルフだ。カルフ自身も自覚して、しっかりと鉄の杖を握りしめている。
陣形は先頭がクルト。次にカルフを真ん中に挟み、両サイドをミルマとデリアが護衛する。最後方には不満顔たらたらのハタルとそれを見てニヤニヤしているハルパの二人だ。正直、最後方の二人はいざ戦闘になった時、どれだけ積極的に関与してくれるかも怪しい。
なので時折後方も振り返りながらの行軍になる。自分がルフ……ロック鳥だったら、より確実に獲物を捕らえるためなら後方から奇襲をかける。
ところがだ。クルトがやたらと後方を気にしていたので、裏の裏をかくつもりだったのか。何とロック鳥の奴、前方から両足の爪を突き出し、先頭のクルトに向かって突撃してきた。
やばい。これはロック鳥は急降下してきて勢いがある。これを槍で受け止めるのは危険だ。クルトは声を張り上げる。
「(全員……左右に……退避!……ロック鳥を……かわしてっ!)
そんなクルトの言葉にミルマは左に、デリアはカルフの手を引き、右へ退避。
しかし、最後方の二人はクルトの言葉が聞こえなかったのか。クルトの指示を軽視しているのか回避していない。
それでもハルパは気が付き、右に回避した。動きが俊敏だ。
この段階でハタルは初めて危機に気が付いたらしい。
「(こんのおっ!)」
ハタルは戦斧を縦に振り、ロック鳥にダメージを与えることで辛うじてその爪で捕捉されることを防ぐ。しかし、ロック鳥の降下による勢いを止めることは出来ず(クルトもこれは出来ないと判断し、パーティーに回避の指示を出した)、ハタルは大きく撥ね飛ばされ、ダメージを負った。
「(くっ!)」
ロック鳥は多少のダメージを喰らったものの、飛翔には支障がなかったようで、再度、上空に舞い上がり、撥ね飛ばされたハタルに向かい、降下を再開する。一番弱って組みしやすい個体がハタルであると判断したようだ。
だけど、クルトもハタルがやられるのをただ放置するわけにはいかない。それこそ人間とドワーフの間の信用問題になってしまう。
「デリア。魔法で攻撃して」
緊急時だ。クルトはデリアに人間語で指示を出す。
「了解!」
デリアの応答も人間語だ。
「雷光」
デリアの魔法攻撃にロック鳥は一瞬ひるみ、降下を中止し、懸命に再度飛翔する。しかし、その勢いは弱々しい。間違いなくダメージは与えられている。