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「(デリア)」
カルフがデリアに寄り添うように立つ。
「カルフだってデリアが死んだら嫌だよ。それにデリアとクルトが死んだら、カルフの夢である治癒の魔法が使える薬師にもなれなくなる。それも嫌だ」」
「(ありがとう。カルフ)」
デリアは何だか涙が出てきた。
「(でも……どうやって……ここから……出るの?)」
「(それは……)」
そこに出てきたのはドヤ顔のミルマ。
「(まずは、一昨日クルトと一緒に予め隠しておいたスコップが四本)」
「(あ……そういうこと……していたんだ……でも)」
デリアは率直に疑問を告げる。
「(四本のスコップだけで……この土砂を……全部除けるのは……大変じゃあ?)」
「(それは確かに大変だけど、多分大丈夫)」
ミルマはここでちょっと真剣な顔になった。
「(もう外部のドワーフたちにはミルマとカルフも閉じ込められたことが知れ渡っているはずだ。このまま放置したら、ハタル兄さんは人間と一緒に、人間に解放された人質二人を殺したことになる。ミルマとカルフにも家族がいる。そうなったらもうハタル兄さんは集落にいられなくなる。もう外からも必死で掘り始めているはずだよ)」
凄い。しっかりしているなミルマは。
「(だけど一刻も早くここを出るために、内側からも掘り進めよう。デリア、体力がなくなったら治癒の魔法かけて)」
あ、だから一昨日、デリアに治癒の魔法をたくさん使えるようにしといてと言ったのか。本当、しっかりしているね。
◇◇◇
土砂の除去作業は心身ともにきつかった。普通にスコップで土砂をすくって、脇に除ける作業だけで体力を使う。
更に除去した分、上から土砂が流れ落ちてくるのだ。こっちはメンタルに来る。それでも少しずつ土砂は減っているはずなんだけど、上から流れ落ちてくる分があるから、一向に減っているようには見えない。
愚痴の一つも言いたくなるが、最初からハタルの標的だったデリアとクルト君に対し、ミルマとカルフは自らの意思でここに飛び込んできてくれたのだ。文句を言えた義理ではない。
それでも掘っては、治癒の魔法をかけてを繰り返していたら、外から声が聞こえてくるようになった。
ミルマの見立て通り、外からも掘っているのだ。それも声の数から考えて結構な人数で掘っているみたいだ。
何だか希望が出てきた。頑張って掘ろう。
◇◇◇
外側との間に穴が出来るようになった。でも、すぐに上から流れ落ちる土砂に塞がれてしまうけど。だけど、もう一歩だ。
ついに何とか一人分くらい通り抜けられる穴が開いた時に外から声が聞こえた。
「(カルフッ!)」
その声を聞くや否やカルフは飛び出し、一人の女性ドワーフがカルフに駆け寄り、抱きしめた。
「(本当にもうっ! やっと生きて帰ってきたかと思えば、こんな無茶をしてっ! あんたって子はっ!)」
うん。あれはカルフのお母さんだね。
「(そう言ってくれるな)」
後方からテベトゥさんが穏やかに声をかける。
「(カルフにとって人質にされたことは不幸なことだ。だけどカルフはそれを乗り越えて、随分とたくましくなった。きっとテベトゥさんを超える薬師になれる。親としちゃ辛いだろうけど、見守っておあげ)」
デリアとクルト君、そして、ミルマはゆっくりとその後から外に出ていく。外側から掘っていたであろうドワーフたちにホッとしたような雰囲気が広がる。デリアのところにはトジュリとエフモが飛びついてきた。
「(デリア。良かった。生きていて)」
「(デリア。テベトゥさんから『ミルマが対策立てているし、私も協力するから、絶対、デリアもクルトも死なせやしないよ』と言われていたけど、やっぱり心配だった。無事で良かった)」
うんうん。トジュリとエフモともありがとう。そうか。ドワーフのみんな、対策立ててくれていたんだね。守られていたんだ。デリアもクルト君も。
◇◇◇
ここまでは和やかな雰囲気だったけど、もちろんこれで済むはずがない。共にスコップを持ったままミルマとハタルはにらみ合っている。傍で見ていると火花が散りそうな雰囲気だ。
先に口を開いたのはハタルの方だった。
「(ミルマ。おまえはどうしてそうやってハタルの邪魔をするのだ? 人間は俺たちドワーフから十人人質を取り、六人を殺し、四人しか返さなかった。六人のドワーフが人間に殺されるところをおまえは見たのだろう?)」
ミルマはハタルをにらんだまま答える。
「(ああ、確かにミルマは六人が人間に殺されるところを見たよ。だけどその人間はクルトたちじゃない。むしろクルトたちはミルマたちをここまで連れ戻すために命がけで魔物と戦ったんだ。そんなクルトたちをミルマは殺させない)」
「(ふん)」
ハタルがここでミルマから目を逸らした。
「(まあ、百歩譲って、その二人の人間がいい奴だとしてもだ。鉱石取引を本格化すれば、他の人間も、うちの集落に入ってくる。その中には絶対に悪い奴もいるはずだ。だから今のうちに人間たちを殺して、鉱石取引をなかった話にしなければならないんだよ)」