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加療が通常モードに戻った頃、ミルマがデリアに声をかけた。
「(デリア。明日の晩はよく休んで、明後日には治癒の魔法がたくさん使えるようにしておいて)」
へ? ミルマの言葉の意図がよく分からなかったデリアは問い返そうとしたが、その時にはもうミルマは「(クルト。今日はいつもと別のところに薬草取りに行こう)」とクルト君に言って、出て行ってしまった。うーん。
◇◇◇
明後日は瞬く間に来た。ハタルとその仲間たちは朝早いうちから訪ねてきたが、先にミルマ、エフモ、カルフ、トジュリ、そして、テベトゥさんがこちらには来ていた。
途端に苦虫を噛みつぶしたような顔になるハタル。
「(何でおまえらまでここにいるんだ? ハタルが坑道に連れて行くのは人間二人だけだぞっ!)」
「カルフも鉱石の売り上げで魔法を買って、魔法使いになりたいんだから、坑道を見たいっ!」」
「ミルマもクルトのような冒険者になりたい。そのためには鉱石の売り上げで治癒の魔法を買う必要がある。採掘現場を見たいっ!」」
「(いや、カルフにミルマ、今回は人間二人だけを坑道に入れる予定で……)」
「(いいじゃないか)」
テベトゥさんが淡々と言う。
「(ハタルが人間との鉱石取引を考えているというのなら、それをカルフやミルマが一緒に見たっておかしくはないだろう。それとも人間二人だけじゃないと何か都合が悪いのかい?)」
「(ちいっ)」
ハタルはまたも舌打ちする。何だか舌打ちが癖になっているなあ。
「(好きにしろっ! 但しな、坑道はあくまでまだ試掘の段階で止まっているから狭い。いっぺんに入れるのは三人がいいところだぞ)」
試掘の段階で止まっているというのは、デリアの兄エトムントがドワーフの人質十人取って、これからいいように搾取してやろうと思っていたところを野盗に殺されてしまったからだろう。いつまで経っても次の指示がこないから放置されていて、今回、デリアたちが生き残った四人の人質を連れ帰って、やっと事の真相が分かったってことだろう。
◇◇◇
ハタルは「試掘」と言ったが、実際見てみると立派な坑道だ。入り口もかなり大きく、いっぺんに入れるのが三人がいいところとも思えない。
「(あの……この大きさなら……クルトとデリア……以外も入れるんじゃあ?)」
クルト君がもっともな質問をハタルにぶつける。
「(ふん)」
ハタルはその質問を鼻で笑う。
「(これだから素人は。広く見えても坑道ってのは中入ると狭いんだよ。ほら、行くぞっ!)」
ハタルはデリアとクルト君をけしかけるようにして坑道に入っていく。そして、続こうとするミルマとカルフを一喝する。
「(だからミルマとカルフは入ってくるなっ! 中は狭いって言っているだろうがっ!)」
◇◇◇
中に入ってみるとやはりそこそこ広い気がする。三人しか入れないとは思えない。そして、そこそこ奥行きが深い。「試掘」とは言ったが相当掘らないと鉱石が出なかったらしい。よく掘った気もする。
奥まで来たので、周りは真っ暗だ。ハタルの持ってきた松明がなければ何も見えないだろう。
「(ほれ)」
坑道の最奥部、ハタルが松明で指し示したところには、確かに鉱脈が露出している。デリアもそれほど鉱石に詳しいわけではないけれど、鉄鉱石をベースに赤や青や銀や金の点も見える。鉄の他に銅、銀、金、場合によるとミスリルも含有している?
「(ん?)」
ハタルが不意に入り口の方を振り向く。
「(誰かに呼ばれたようだ。ちょっと行ってくるぞっ!)」
ハタルは松明を放り出すと、一目散に入り口に向けて走り去った。
あっけに取られるデリアたち。そして、次の瞬間、凄まじい轟音と共に入り口付近の天井が崩落した。
「!」
これでは外に出られない。ハタルの行動は怪しいことしきりだったが、これが目的だったのか。
正直、これは厳しい。デリアは「火炎」「冷凍」「雷光」「番犬」「治癒」といった魔法を持っているが、どれも崩落して入り口を塞いだ土砂に対応出来るものはない。
かと言って、横壁に穴を開けられる魔法もない。これは詰んだか。冒険者になった時から、ベッドの上で死ねないことは覚悟はしていた。
だけど、こんな姑息な手口で殺されるのは何とも納得がいかない。何とかして脱出できないか。
◇◇◇
その時、デリアの後ろに再度松明の火が灯った。
「(デリア)」
「(デリア)」
振り向くとそこには……
「(ミルマッ! カルフッ! ……どうしてここに?)」
何と松明を持ったミルマとカルフがいた。
最初はミルマが口を開く。
「(一昨日からハタル兄さんの言動が怪しいと思っていたんだ。やっぱりこういう行動に出た。ごめん。デリア)」
「(うん……それはともかく……どうして……ここに?)」
「(ハタル兄さんが何か企んでいるみたいだったから、一昨日クルトと二人で薬草を採りに行くと言って、予めこの坑道を調べておいたんだ。やるとすれば入り口近くの天井付近を爆破する気じゃないかと思った。だからハタル兄さんが坑道から飛び出してきたら、ハタルとカルフが代わりに飛び込むことにしたんだ)」
「(そんな……)」
デリアの胸中はもういろいろな思いで、ぐちゃぐちゃだ。
「(その気持ちは……凄く嬉しいけど……それじゃ……ミルマとカルフまで……死んじゃうじゃない……そんなの……嫌だよ)」