85
「(だから人間を信じるなって、言っているだろうがっ!)」
「(人間は、前も十人も人質に取って、四人しか返さなかっただろう)」
「(まただまされるぞ。人間は、ここにある鉱石がほしいだけなんだからなっ!)」
あ、うちで受診したドワーフの方たちが、ミルマの兄ハタルとその仲間に囲まれている。
「(そうは言っても、ここで治癒の魔法をかけてもらうと調子が良くなるんだよ)」
「(脅すようなことを言われたことないし、親切だよ。六人の人質を殺した当事者じゃないのに申し訳なかったですと謝られたし)」
「(鉱石はほしいとは言っていたけど、正当な値段で買い取りたい。人質を取るようなことはもう絶対しないと言っていたよ)」
「(それがだまされているって言うんだっ!)」
声を荒げるハタル。ビクッとするドワーフの方々。
「(人間は悪知恵が働く。さすがに前回と同じ手じゃあ、だませないと考えたんだっ! そうやって治癒の魔法をかけてもらったとか言って喜んでいるが、実際は何の魔法だか分かったもんじゃねえぞっ! あの人間の言いなりにならないと体に激痛が走る魔法をかけられているとかな)」
なっ。いくらなんでもその言い方はない。デリアの言いなりにならないと激痛が走るなどという都合のいい魔法なんてないし、治癒の魔法と言って、別の魔法をかけるなんて考えもしなかった。
凄く悔しいけど、ここでデリアが反論に出たら、今まで我慢してきたものがぶち壊しになってしまいそうだ。うちに受診に来てくれたドワーフの方たちには悪いけど。
と思っていたら、「(ほう。随分と舐められたもんだね)」という声が後ろからしてきた。テベトゥさんだ。
◇◇◇
「(何を言っているんだ。ハタルはあの人間が怪しいと言っているだけだ。テベトゥのばあちゃんには関係ないだろっ!)」
反論するハタル。傍で見てもはっきり分かるほど焦っている。
「(いや関係あるね)」
それに比べるとテベトゥさんには余裕を感じられる。
「(仮にもこの地で五十年薬師をやってきたこのテベトゥさんが体に問題がないと認めた治癒の魔法を危険なものと言うとは、舐めている以外の何物でもないよ)」
「(ぐっ)」
ハタルは唇を噛むが、なおも言い返す。
「(そういうこととは別に人間は信用出来ないだろうが。十人も人質を取って、四人しか返さないんだぞっ!)」
「(それは)」
テベトゥさんはあくまで余裕だ。
「(信用出来ない人間は間違いなくいるという証左ではある。だけど、今回四人の人質を帰しにきた二人の人間が信用出来ないという証左にはならないね)」
「(もういいっ! 引き上げるぞっ!)」
ハタルはそれで会話を打ち切ると、何人かの仲間と共にその場を立ち去った。
残されたうちで加療を受けたドワーフの方たちは、ほっとした表情。そして、デリアはテベトゥさんに頭を下げた。
「(ありがとう……ございます)」
「(なーに)」
テベトゥさんは微笑んだ。
「(テベトゥさんは何をすれば一番全員が幸せになるか考えているだけだよ)」
◇◇◇
「(採掘が……中断している……坑道に……案内してくれる?)」
クルト君は驚きの表情を隠せない。それはそうだ。今まで人間との鉱石取引を頑なに拒んできたハタルからの申し出ということでは。
「(人間たちは鉱石がほしくて、ここに来たのだろう? そのためには実際に採掘される現場で鉱石を確認する必要があるのではないか?)」
正論だ。それだけにこの急な申し出には違和感がある。
「(それは……そうですね)」
クルト君はこう答える。まあそうだよね。違和感があるからと言ってここで断ったら、鉱石取引に積極さが感じられないとか言われかねない。
「(よしっ! 決まりだなっ! じゃあこれから案内してやるから、ついてこいっ!)」
そんなハタルの言葉に、デリアとクルト君は顔を見合わすが、すぐにクルト君が立ち上がる。
デリアが不安そうな顔を見せてしまっていたのかもしれない。クルト君は小さな声で人間語で「大丈夫」と言った。
クルト君だけがハタルとその仲間たちについていこうとすると、不意にハタルが声を荒げた。
「(おいっ! 何故クルトの方だけが来る? デリアも来なければダメじゃないかっ!)」
これには驚いた。クルト君はともかくデリアは治癒の魔法を使っての加療の真っ最中だ。
ミルマはエフモに確認を取った後、ハタルを止めにかかる。
「(ハタル兄さん。今、エフモにも聞いてみたけど、今日はもう治癒の魔法希望の予約がいっぱいだよ。だからデリアは一緒に行くことは出来ない)」
「(それじゃあ意味がないんだよっ! 他の者に代わらせればいいだろう)」
「(ハタル兄さん。治癒の魔法を使えるのは、クルトとデリアだけだ。代わらせることは出来ないよ)」
「(ちいっ)」
ハタルは大きな舌打ちをした。
「(じゃあ、いつだったら、人間二人をまとめて坑道に連れていけるんだ?)」
ミルマは再度エフモと話した後、答える。
「(もう明日までは予約取っているからダメだね。明後日ならエフモにいったん予約をいれないようにさせれば何とかなりそうだよ)」
「(ふん。明後日か。仕方ない。待ってやるよ。その代わり明後日は絶対に二人とも来るんだからな)」
ハタルは不機嫌さを隠そうとせず立ち去っていった。ハタルがいなくなると場にほっとした空気が流れる。
デリアは努めて笑顔で明るい雰囲気を作って、治癒の魔法での加療を再開した。受診されるドワーフの方々も笑顔で応えてくれた。
テベトゥさんはいつもに増してカルフにいろいろと話をしているし、カルフもいろいろテベトゥさんに問い返している。この場の雰囲気を良いものに戻すため、相談しているのだろうか。