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「(だけど……このままって……わけには……いかないよね……何か対策を……立てないと)」
そんなデリアの言葉に腕組みをして考えるクルト君。
「(こういうのは……どうだろう?)」
デリアとドワーフたちは一斉にクルト君の方を向く。
「(亡くなった……エトムントは……相当に鉱石を……買いたたいたと……思う……クルトらは……実際に……正当な価格で……その場で……現金払をすれば)」
このクルト君の提案にミルマは首を振る。
「(ハタル兄さんが一番それが強いけど、他のドワーフにも人間との鉱石の取引には強い警戒感がある。初めはその話をしないで、友好的に接して、警戒感を解いていった方がいい)」
「(うーん……そうかあ)」
腕組みをして考えるクルト君。だけど、クルト君もデリアもそう言われてもなかなか思いつかない。
「(そうだっ!)」
ミルマがポンと手を打つ。何かを思いついた時にこういうことをするのは、人間もドワーフも変わらないんだね。
「(カルフ)」
ミルマはおもむろにカルフの方を振り向く。
「(薬師のおばあさんは健在だったか?)」
カルフは少し当惑しながらも答える。
「(うん。元気だったよ。相変わらず腰は痛いみたいだけど)」
「(それは好都合かもな。やってみる価値はあると思う)」
何やらほくそ笑むミルマ。その意味が分かるのは今現在はミルマ本人だけだ。
◇◇◇
「(んー。痛みがスーッとひいた。今日もありがとうね)」
「(いえ……一時的な効果しか……ないのですが)」
「(いいのよ。神経を痛める時間が減るだけでも随分体の負担が軽くなる)」
デリアの目の前で腹ばいで横たわっているのは、カルフのおばあさんテベトゥさん。ドワーフの薬師だそうだ。
気さくで話好きな方。こういう方と話していると、やっぱり人間もドワーフの間には種族以外の差はないんじゃないかと思う。
「(テベトゥたちドワーフには魔法を使う文化がないからね。一時的と言え、こうまできれいに痛みが消えるのは驚きだよ)」
デリアがテベトゥさんにかけたのは治癒の魔法。もともと治癒は、敵から打撃や魔法攻撃を受けた際、もしくは疲労回復に対応するための魔法。
それが慢性腰痛。しかも、ドワーフのおばあさんに効くかどうかは、正直、 デリアにも全く自信がなかった。それでも実行に移したのは、ミルマの「(大丈夫。テベトゥのばあちゃんは新しいものが大好きだから、効かなくても魔法かけてもらえるだけで大喜びだよ)」という言葉が背中を押したからだ。
実際、テベトゥさんは治癒の魔法をかけただけで大喜びだったし、一時的とはいえ、痛みがひいたことが分かった時には更に大喜びだった。
「(さあて)」
テベトゥさんは腹ばいになったまま、自らの孫娘カルフに声をかける。
「(痛みがひいたところで、カルフ。テベトゥに湿布しておくれよ)」
カルフは頷くと、布に緑の液体を塗りつける。この液体はカルフがテベトゥさんに教わりながら、すり鉢に入れた薬草をすりこぎで潰したものだ。
「(ああー、これはこれでいいねえ)」
カルフに腰に湿布を貼ってもらい気持ちよさそうなテベトゥさん。
治癒の魔法はクルト君が冒険者になって初めて覚えたくらい重要なものだし、効果もある。だけど、一つ大きな欠点がある。もともと生きの良かった細胞が敵の攻撃や疲労でダメージを受けた時の回復用なのだ。つまり、テベトゥさんの腰痛のように慢性的にダメージを受けている細胞には一時的にしか効かない。
それとは対照的なのが、今現在テベトゥさんが孫娘のカルフに伝授した薬草だ。劇的には効かないが、時間をかけてじわじわ癒やす力がある。
となると誰でも考えるんじゃないかな? 双方の長所をかけ合わせれば……
「(カルフ)」
あれ、今まで静かだったクルト君が口を開いたよ。
◇◇◇
「(カルフは……やっぱり……テベトゥさんのように……薬師に……なりたいの?)」
その質問はカルフの気持ちの核心を突いたのだろう。カルフは涙ぐんでしまった。
「(なりたい。カルフはテベトゥさんのような薬師になりたい。でもそれだけじゃないっ!)」
ここでカルフはデリアの方を向くと、駆け寄ってきて、デリアの両手を握った。え?
「(デリアッ! カルフはテベトゥさんのように薬草を使いこなせるようになりたいけど、デリアのように治癒の魔法を使えるようになりたいっ!)」
「(ふふふ)」
いつの間にか起き上がったテベトゥさんが笑っている。
「(若い子はいいねえ。テベトゥさんも、もうちょっと若ければ魔法を覚えたいんだけどね。デリア。カルフの願い事を聞いてもらえないかな?)」
「(カルフ)」
テベトゥさんのそんな言葉にデリアはカルフと向き合う。
「(カルフが……魔法を……覚えたいのなら……デリアは……出来るだけ……力になりたい……だけどね)」
「(だけど?)」
「(魔法を……使うには……買わなければならない……そして、とても高価い……一つ買って……一回分にしかならない)」
「……」




