82
クルト君はミルマと一緒になって、木材を加工している。何を作っているかと言えば、外から洞穴の中に風が吹き込まないようにする扉作りだ。周りが土とはいえ、何だか居住空間として充実してきた。また、このままここで平和に暮らしても……という気がしてきた。いけないいけない。それはいけない。
ドワーフの子たちと過ごす時間は楽しい。既に死んだ兄が人質として連行してきた子たちを無事に故郷に帰すことができたという安心感がそれに拍車をかける。
でも、今までとは違う。日が翳ってくるとドワーフの子たちは家族の下に帰ってしまう。デリアたちはあくまで疑似家族だったのであって、家族をなくしてしまっているデリアやクルト君と違って、本当の家族がいるなら、そちらに帰るのが当然だ。だけど、やっぱり一抹の寂しさはある。
それからデリアはやっと思い出した。
これからの時間はクルト君と二人きりだ。
考えてみればここのところドワーフの子たちにかかりきりで二人きりになったのは久しぶりな気がする。
そう考えると何か緊張もしてくる。そして、クルト君はと見れば、何だか動きがギクシャクしているような。デリア以上に恋愛沙汰が苦手な人だからなあ。何だか出会ったばかりの頃を少し思い出した。新鮮な気もしなくもない。
それでもクルト君は緊張した面持ちで言ってきた。
「デッ、デデデ、デリア。そろそろ寝ようか?」
うっかり笑いそうになっちゃったけど、クルト君も意を決して言ってくれたのだから、デリアもそれに応えないと。見たところクルト君は魔物と対峙している時より緊張しているような感じもする。
◇◇◇
ギャワーンワンワンワン
「(うわっ!)」
「(何だ? これは?)」
「(かっ、体が動かねえっ!)」
寝る前に必ずかける魔法、番犬にかかった者が出たようだ。
聞こえる言葉はドワーフ語。番犬にかかると体が魔力に捕捉されて動けなくなるから解除してやらねばならない。
ただ今はデリアもクルト君も、とある事情で全裸で寝ていた。このまま応対に出るのは失礼にあたるから、装備を着用する。そのことで少しだけお待たせすることになる。
クルト君とミルマが作ってくれたばかりの新品の木の扉を開けると、青年ドワーフが三人、仰向けになって手足をばたばたさせていた。一人だけは何とか踏ん張って立っている。頑張っているなあと思って見たら、ミルマの兄ハタルだった。
「(貴様らぁ!)」
ハタルは声を張り上げる。番犬は麻痺の魔法と違って、会話は可能だ。捕らえた者に尋問するという意味合いもある。
「(どういうつもりだっ? 怪しげな魔法をかけやがって)」
「(大変……失礼しました)」
デリアは頭を下げる。
「(就寝時には……魔物対策に……番犬の……魔法を……かけることに……しているのです……これで……ミルマたちも……守ってきました)」
「(ふん)」
ハタルは鼻を鳴らす。
「(魔物じゃなくて、ハタルたちにかかっているじゃないか。すぐ魔法を解けっ!)」
「(はい)」
デリアが魔法を解くと、仰向けになって倒れていた三人は体を叩き、ついた土を落としながら立ち上がる。
「(話し合いに来たが、いきなりこういう怪しい魔法をかけられたのでは話し合いにならんな。交渉決裂だ)」
残念だけど話し合いに来たんじゃないことは一目瞭然。話し合いにくるのに四人全員がたいまつに火をつけて持ってくるのは考えにくいでしょう。
恐らく木の扉から火を着け、こちらが慌てて出てくるところを刺そうとしたか、燻り殺そうとしたかでしょうね。こちらが冷凍の魔法を持っていて、消火できてしまうことは知らないでしょうから。
だけど、こちらは交渉しにきたわけだから、ここで仕返しするわけにはいかない。死んだ兄エトムントが先に不信感を買うことをしたのが原因だし、何よりミルマたちを悲しませるようなことはしたくない。
結局、ハタルと先鋭的な青年ドワーフのグループはその夜は「(あんな怪しい魔法を使う奴らは一刻も早く追い出さないとな)」などと言いながら引き上げていった。
分かっていたとはいえ、前途は多難だ。何か対策を考えないと。
◇◇◇
デリアは、昨夜のハタルとその仲間たちによるデリアたちへの襲撃未遂事件について、ミルマに離すことは、ためらわれた。
だけど、クルト君は言ったんだ。
「デリア。ミルマはクルトたちが思う以上に大人で、こちらのことを信頼してくれていると思う。全部話して、今後どうしたらいいか意見を聞いた方がいいと思うんだ」
その言葉にデリアは頷いた。デリアたちとミルマたちは仲間なんだ。隠しごとはなしにしよう。
クルト君から昨晩あったことを聞いたミルマは神妙な顔になり、「(ごめん)」と言った。
「(いや……ミルマを……責めるつもりはない……ミルマの兄さんのハタルが……こういうことを……するのは……先に人間に……酷い目に……遭わされたからだし……だけど)」
「?」
「(クルト《僕》は……襲撃されても……絶対に……尻尾を巻いて……逃げ出す……ことはしない……鉱石が買える……まで……ノルデイッヒには……帰らない)」
「(うん)」
ミルマは笑顔で頷く。
「(ミルマも頑張るよ。絶対に鉱石をノルデイッヒに持っていこう)」