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幼かったミルマが成長して、ハタルに反論してくる。驚いたんだろう。ハタルの顔は真っ赤になった。
「(もういいっ! だけどとにかくハタルはクルトとデリアを集落に入れるなんて認めないからなっ!)」
「(ありがとう……ミルマ……その気持ちだけで……嬉しいよ)」
クルト君がミルマに声をかける。
「(だけど……集落に……よそ者を……入れたくないという……ハタルの気持ちも……分かる……今日は集落の外で……野営するよ)」
「(ごめん。クルト。じゃあせめて野営にいいところに案内するよ)」
「(おいっ、ミルマッ!)」
ハタルはまたたしなめるが、ミルマはめげない。
「(ハタル兄さん。ミルマが案内するのは集落の外だよ。それなら問題ないのでしょう)」
「ぐっ」
ハタルは唇を噛んだが、ミルマはやはり意に介さない。
「(こっちだよ)」
デリアとクルト君は、ミルマに導かれるまま、野営の好適地と言われる場所に向かった。
◇◇◇
そこは洞穴だった。ケイブベアが棲んでいたものよりいくらか小さめ。雨風を凌ぐには十分だ。だけど、無理もないこととはいえ、ハタルを説得するのは相当の時間を要しそう。しばらくはここに住むくらいの覚悟がいるかも。
「(ミルマ……ここの周りに生えている……木を少しもらって……いいかな?)」
どうやらクルト君も同じように考えていたみたい。ここの洞穴を住みやすくするつもりなんだね。
「(うん。ここらに生えている木を全部切るとかだとまずいけど、そんなに使わないでしょう? クルト)」
ミルマは穏やかな顔で答えてくれる。やっぱり故郷に戻ってきて、リラックスしているのかな。
「(後……水はけを良くしたい……から……周りを掘っても……いい?)」
「(うん。暮らしやすいように変えて。ハタル兄さんを納得させるのには大変だろうし。ミルマたちは、クルトとデリアにずっといてほしいくらいなんだ)」
ミルマのその気持ちは嬉しい。だけど、デリアはファーレンハイト商会、クルト君はギュンター商会の再興という目的がある。焦りは禁物だけど、ミルマの好意に甘えすぎないようにしないとね。
◇◇◇
ミルマは「(また、来る)」といったん集落に戻り、クルト君は洞穴の前に手慣れた様子で溝を掘り始める。一回ケイブベアのいた洞穴でやっているからね。
デリアはその間に洞穴内の探査を行った。とは言っても、そんなに大きくはない。だけど、この洞穴は途中までだが、内部が材木で保全されている。つまり自然の洞穴ではなく人工的なものだ。つまりここは……
「鉱脈を探すための試掘の穴だね。ここは」
あらら、クルト君が先に正解を言っちゃったよ。
「自然に出来た洞穴と違って崩壊の危険がないし、魔物が棲んだことがないから食べ残しや糞尿がなく衛生的だ。ミルマは本当に気を使ってくれたよ」
本当にそうだねと思っていると外から声がした。
「クルトー」
「デリアー」
「デリアー」
「デリアー」
あ、ミルマだけじゃない。エフモ、カルフ、トジュリもだ。
「(みんな……来てくれた……の)」
嬉しかった。涙が出てきた。だけど……
「(みんな……やっと……家族に会えたん…だよね……家に……いなくて……いいの?)」
「(大丈夫)」
エフモが笑顔を見せてくれる。
「(家族にはもういつでも会えるけど、デリアはいついなくなるか分からないから会っておきたい)」
「(もうデリア。ずっとここに住めばいいのに)」
カルフのそんな言葉に心が動くデリア。デリアもクルト君もロスハイム周辺ではもう死んだことになっているし、「武装商人」になって故郷へ帰るという夢を諦めてさえしまえば、ここで平和に暮らしていくのも悪くない気がしてきた。
でも、ノルデイッヒで潜伏していた時には、生活費全般をギルドマスターのトマスさん・アンナさん夫妻に立て替えてもらっている。その分はここで購入した鉱石を持ち込むことなどで返さなきゃならないだろう。それが商人の道徳だよね。
「(デリア。これ)」
「(え……どうしたの……トジュリ……あ)」
四人のドワーフ少年少女たちは床に敷くためであろう板と寝具等を持ってきてくれたのだ。デリアもクルト君も野宿慣れはしているが、寝具で寝られるというのはありがたい。
「(クルト。これ返す。そして、これは食べて)」
「!」
ミルマが渡してくれたの……はロック鳥の翼の付け根に刺さったままだったはずのクルト君の槍、そして、恐らくロック鳥の肉だった。
「(ありがとう……槍が……返ってくるなんて……嬉しい……それにこれ……ロック鳥の肉……だよね……もらっていいの?)」
このクルト君の問いにミルマは得意満面のドヤ顔で応じる。
「もちろん。ロック鳥に最後のとどめを刺したのはハタル兄さんだけど、ミルマとクルトも相当のダメージを与えたんだから。ロック鳥は大きいから、肉の他に羽根、骨、爪とか貴重な素材を集落は手に入れたし、これくらいもらっても全然問題ない」
それは有り難い。デリアは早速ロック鳥の肉を調理にかかる。エフモ、カルフ、トジュリが一緒に「キャッキャ」言いながら手伝ってくれる。こうしているとまだこの子たちとの旅が終わっていないみたいだ。




