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ルフ……ロック鳥を仕留めたドワーフ。あれはよく見ると青年だ。少なくともミルマから見ればそう年齢は離れていないだろう。
相変わらず早口で話す青年ドワーフ。でも、ずっとミルマたちと話して来た成果が出て、少しずつ聞き取れるようになってきた。
やはり死んだデリアの兄エトムントがしでかした砂漠で産する鉱石を有利に購入するためにドワーフ十人を人質に取ったことは相当根深い不信感を抱かせているようだ。
「トジュリッ!」
「カルフッ!」
「エフモッ!」
気が付いたら倒れたロック鳥の周りにドワーフたちが集まってきた。みんな何が起こったのかと見に来たら、人質に取られていたはずの娘がいたのだ。それは驚くでしょう。
エフモ、カルフ、トジュリは一斉にデリアの顔をうかがう。デリアは笑顔であえて片言のドワーフ語でこう話す。
「(みんな……行っていいんだよ……行って)」
その言葉に三人は顔を見合わすが、やはり一番年下のトジュリが最初に駆け出した。
「トジュリッ!」
向こうからも駆け出すドワーフの女性が一人。恐らくトジュリのお母さんだろう。抱き合って泣き出す二人。その周りには何人かのドワーフが集まる。家族なんだろう。
それを見たエフモとカルフも駆け出す。ドワーフ側からも二人の女性が駆け出してくる。やはり母親だろう。エフモとカルフも反対側から来た女性たちと抱き合い、その周りを何人かのドワーフが取り囲む。
◇◇◇
「(ミルマ、おまえはこちらに来ないのか?)」
青年ドワーフはいったん戦斧は引っ込めるとミルマに聞いてきた。
「ミルマッ!」
「ミルマッ!」
更に声がかかる。青年ドワーフの後ろにいる二人はミルマの両親だろう。
「(ミルマもそっちに行きたいよ。ハタル兄さん)」
兄弟だったんだ。驚くデリアとクルト君をよそにミルマは兄であるハクルを上目遣いに睨み付ける。
「(人間には確かにとんでもない奴らがいる。ミルマも許せないし、ハクル兄さんも許せないだろう。だけど、クルトとデリアは違う。いい人間だっていたんだ)」
ダンッ
ハタルは先端に戦斧が付いた柄の尻で思い切り地面を叩いた。
「(ミルマッ! おまえはまだ若い。人間は姑息で汚い手を使う。ミルマはだまされているのだっ!)」
ミルマはハタルのたてた音に一瞬ひるんだが、すぐにハタルの目を真っ直ぐに見つめ返す。
「(だまされてはいない。クルトとデリアは人間だが信用出来るっ!)」
ハタルには、ピシャリと言い返したミルマ。しかし、後方から聞こえる「(ミルマッ! こっちに戻ってきてくれっ!)」「(ミルマッ! こっちに来てっ! 顔を見せてっ!)」という両親に呼びかけには抗いがたかったみたいだ。
ミルマは申し訳なさそうにクルト君とデリアの顔を見る。そんなミルマにクルト君は笑顔でドワーフ語で語りかける。
「(ミルマ……クルトたちは……大丈夫……行って)」
デリアも頷く。
「(行ってあげて……ミルマ……デリアたちのことは……気にしなくて……いいから)」
デリアたちの言葉にミルマは頷くと駆け出す。ミルマの両親は駆け込んだミルマを抱きしめ号泣し始めた。
◇◇◇
ダンッ
ハタルはもう一度先端に戦斧が付いた柄の尻で思い切り地面を叩いた。
「(人間っ! ミルマはああ言ったが、このハタルは、だまされんぞっ! おまえらが連れ去ったドワーフの子は十人だか、今回返されたのは四人だけだ。他の六人はどうした?)」
やはりどうしたってその質問が出る。「(それは)」と言って、前に出ようとするクルト君を制し、デリアが前に出た。この一連の不始末は死んだ兄エトムントがしでかしたものだ。ここはファーレンハイト商会の当主であるデリアが出ないわけにはいかないだろう。
「(申し訳……ありません……他の……六人は全員……亡くなって…います)」
「(何? 死んだ?)」
ハタルの目はギラリと光り、戦斧を構え直して、こちらに向ける。
「(どういうことだ? 貴様たちが殺したのか? 人間?)」
怖い。逃げたくなった。だけど、ここで逃げたら、ドワーフにとって人間は信用出来ない存在のままになってしまう。ここで踏ん張れないようでは、ファーレンハイト商会の再興など夢のまた夢だ。
「(デリアたちが……殺したのでは……ありません……他の……人間に……殺され……ました)」
「(ふん。この場では何とでも言えるよな。本当は貴様たちが殺したんじゃないのか?)」
「(ハタル兄さんっ! それは絶対に違うっ!)」
両親に抱きしめられたままミルマが叫ぶ。
「(六人が人間に殺されたのは、クルトとデリアがミルマたちのところに来る前だ。むしろ、クルトとデリアはミルマたちをここに帰す時に魔物から守ってくれたんだっ!)」
「(ふん)」
ハタルはデリアの前に突き出していた戦斧をいったん引っ込め、右肩に背負う。
「(六人を殺したのは貴様らではなく、他の人間だと言うのか)」
「(はい……他の人間……から六人を……守れず……申し訳ないです)」
後ろからすすり泣きが聞こえる。殺された六人のドワーフの家族だろう。本当に申し訳ないことをした。
「(今更だが)」
ハタルは右肩に戦斧を乗せたまま、また問うてくる。
「(貴様ら何者だ? 一体何の目的でミルマたちをここまで送り届けてきた?)」