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「行くよ。ミルマ」
「うん」
クルトとミルマは木の杖を持って、ルフに近づく。
「グギエエエッ!」
ルフは威嚇するが、もうあまり動けないようだ。通常、鳥系魔物の武器と言えば、鋭い足の爪、くちばし、翼の羽ばたきによる風圧だろう。
しかし、足の爪はトジュリをホールドするのに使っているから、ここでは使えない。翼の羽ばたきによる風圧は、付け根に槍を刺して動きを封じているから、大幅に減殺されるはずだ。それでもルフに近づく以上、注意は必要だが。
となると最も注意すべきはくちばしだ。こちらとしてもルフの頭部に打撃を加えられれば、相応の効果が期待出来るが、くちばしが危険な以上、後方からの攻撃がよりよい選択だろう。
かくてクルトとミルマは回り込んで、ルフの両足に後ろから木の杖で打撃を加える。
「グギエッ!」
ルフは悲鳴を上げながらも、トジュリを手放そうとしない。更にあまり動かなくなっている翼を動かし、クルトたちを風圧で飛ばそうとしたり、鈍重ながらも体を動かし、くちばしでクルトたちを攻撃しようとしてくる。
クルトたちはそれを回避し、ルフの両足の後ろ側に打撃を加え続ける。
ルフ側の攻撃はこちらには当たらず、こちらは打撃を続けているのだが、ルフは一向にトジュリを手放さない。
そして、攻撃は全て回避しているのだが、こちら側はそのことで体力を消耗してくる。ルフには次々打撃を加えているのだが、あまり効いている様子がない。こいつの体力は無限なのかと思えてきた。
もちろんこちら側は治癒の魔法を使って回復する。だが、ここで更に困った事態が起きた。ひびが入ってきていることを承知で力一杯使ってきた木の杖がとうとう砕けてしまったのだ。
もともとこの木の杖はエフモとカルフに合わせて作られたものだ。かつてレベルアップしたデリアとカトリナが模擬戦をやっていて木の杖を粉々にしてしまったように、戦闘レベルが高い者が使えば、木の杖の方が耐えられない。
仕方ない。最後の手段だ。殴打より蹴りの方がまだダメージを与えられるだろう。蹴る蹴る、ひたすら蹴る。だんだん気が遠くなってきている。果たしてこの攻撃はどのくらいルフに効いているのだ。後、どのくらいで倒せるのか。それまでにこちらの治癒魔法の数で足りるのか。何も分からない。それでもルフの攻撃を回避しつつ、蹴りを加え続けるしかない。
そんな時だった、黒い影がルフの前をよぎった。ガツン 上方で鈍い音がした。次の瞬間、血の雨が上から降ってきた。ルフの血のようだ。何が起こっているのだ?
クルトとミルマはいったんルフから距離を取る。見るとルフの頭上に一人のドワーフが立っている。体格はミルマと比べてもかなり大きい。大人なんだろう。得物として柄の先に斧がついたものを持っている。戦斧だ。それでルフの脳天に強烈な一撃を見舞ったのだろう。
そうこうしているうちにルフがグラグラしてきた。今にも倒れそうだ。いかん。
「トジュリッ!」
ミルマはそう叫ぶと、ようやくルフがその足から放したトジュリの救出に向かう。クルトもそれに続く。
ギリギリのところで、ミルマはトジュリを抱き上げ、ルフの下から離れ、デリアのところに向かう。デリアは大急ぎでトジュリに治癒の魔法をかける。
クルトはミルマがトジュリを救出したことを確認してから、ルフから離れる。
ズシーンという轟音をたて、ルフは倒れた。その瞬間、ルフの頭上にいた一人の大人のドワーフは地上に飛び降りた。
そのドワーフはつかつかとクルトたちの方に歩み寄ると、戦斧を構えて、何か怒鳴った。早口で怒鳴り声なので「人間」という単語しか聞き取れない。
「ミルマ。あの方は何と言っているの?」
「何をしに……来たのだ?……人間……答えに……よっては……この場で……殺すと……言っている」
そうだった。ミルマたちとはすっかり心の壁がなくなったから忘れていたけど、死んだデリアの兄のエトムントのやったことからするとドワーフたちから恨まれるのが当然なんだった。
また怒鳴り声がした。
「クルト……今度は……また、人質を……取る気か?……前の人質は……どうした?……と言っている」
そんなミルマの声を聞きながら、この魔物。ドワーフの言葉ではルフだけど、昔、自分が教わった名前だと「ロック鳥」だよねなどと全然関係ないことを考えてもいた。