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その日はクルトもデリアもケイブベアとの戦いで相当魔法を使ったのでとにかく休むことにした。デリアが番犬の魔法をかける。
翌朝、外に出てみると、ここの洞穴は位置的にはいいところにある。山脈の頂上はもうほど近い。ロスハイム-ノルデイッヒ間の廃屋がそうであったように、いい休憩拠点に出来そうだ。
しかし洞内はケイブベアの巣だったから衛生的には褒められたものではない。湿気が多いのは仕方ないにしても、糞尿の後や食い散らかした獲物の骨などが散乱している。
「どうかな? そろそろ疲れも溜まってきているし、今日はここでもう一泊することにして、この洞穴を綺麗にしないか?」
「いいですね。デリアもそう思っていたところです」
デリアに笑顔で賛同してもらえた。今日は大掃除だ。
クルトとミルマは焼死したケイブベアの死体の脇に穴を掘る。結局、最後までクルトの槍はケイブベアに突き刺さっていたようで、柄の木の部分は全部燃えてしまっていた。だけど、例によって鉄芯の部分は残っているのでまだ使えそうだ。
大穴を掘り終えるとケイブベアの死体を中に落とす。これをやっても魔物の中には穴を掘り起こして死体を食べるのもいるのだが、むきだしのままより埋めた方が衛生上もましだろう。
次にその穴にデリア・エフモ・カルフ・トジュリが持ってきたケイブベアの糞尿や散乱していた獲物の骨を投げ込んでから、全員で埋める。
そして洞穴の入り口付近に溝を掘る。雨水が流れ込まないようにする対策だ。これでいくらか湿気はましになるはずだ。
最後に洞穴の入り口に木製で開閉式の柵を付けた。これこそないよりはましというもので、人工的な物を見ると知能が高いか臆病な魔物は警戒して近づかないだろうだろうけど、戦闘力に自信を持ったウルフやケイブベアはおかまいなしに入ってくるだろう。
洞穴でもう一泊し、翌朝も好天だった。いくらも歩かずに頂上に達した。見晴らしは実にいい。来た方角を振り返る。一面の平原に森が点在し、ポツンポツンと城壁に囲まれた町が見える。
「クルト君。ほら。あれがノルデイッヒ。あっちはロスハイムでしょう?」
そんなデリアの言葉にクルトも豆粒のように見える町を見つめる。
何だか涙が出てきた。覚悟を決めて、武装商人になりたくて旅だってきた。それでも過去のことを思い出すと涙が出る。ロスハイムギルドのみんなは元気だろうか。見るとデリアも涙ぐんでいる。デリアもロスハイムギルドに仲がいい仲間が多かったしなあ。クルトのせいでこんな旅に巻き込んでしまって。申し訳ない。
「デリア……どうして……泣いて……いるの?」
トジュリがデリアに問う。
「泣いていないよ。トジュリ。さあ、後はこの山を下れば、トジュリの故郷へ帰れるんだよ」
デリアは涙をぬぐって言う。
今までいたところが緑の平原ならこれから向かうところは黄色い砂漠だ。どんな世界か想像もつかない。それでも行こう。一流の武装商人目指して。
◇◇◇
砂漠側の道も荒れ放題だった。今よりはかなりましだったんだろうけど、エトムントはよくこんなところをドワーフの人質十人も連れて歩いていったものだ。いや、それだけ利益になると踏んだということか。
だけどドワーフたちが悪路に強いということが分かってからは、展開はかなり楽になった。ドワーフを人質にして道案内に使わなかったエトムントよりこちらの方が楽なのだ。
落石土砂崩れは登り道以上にあったが、ドワーフたちはどんどん慣れていった。不思議と魔物にも遭わなかった。砂漠側に魔物が少ないと判断するのは早計だろうけど。
砂漠側の麓に近いところまで降りてくるとトジュリが前方を指差し、「アーッ、アーッ」と叫ぶ。
「!」
集落だ。恐らくドワーフの集落だろう。砂漠の地域に住んでいるといっても、砂漠の真ん中のオアシスとかに住んでいるわけじゃないんだな。確かに山脈の麓なら伏流水とかも期待できるし、山から木材も採取出来る。まあ、鉱石がどこで採れるかという問題もあるけど、まずは居住環境の整備が優先というのは分かる。
それにしても木製の住居なんだな。ロスハイム周辺はみんな石造りの家だっただけに新鮮だ。ふと周りを見ると、エフモとカルフは涙ぐんでいる。無理もない。人質として強引に連れ出された故郷に帰ってこられたのだ。ミルマは気丈にも涙は流していないが、感慨深そうだ。頑張ったな長男。もうすぐに故郷に帰れるよ。