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クルトたちは大樹の下で休むことにした。デリアが「番犬」の魔法をかけるとミルマがクルトのところに寄ってきた。
「クルト……今日の僕の……槍の……使い方は……どうだった?」
「うん。良かったと思う」
そんなクルトの答えにミルマは嬉しそうだ。
「ただ、もう少し刺した時に早めに抜いた方がいいね」
これには大きく頷くミルマ。
気が付けばデリアはエフモとカルフに杖の振り方を教えている。うん。張り切っているんだね。ドワーフの少年少女。でも、今日は早く寝よう。昼夜逆転はよろしくないよね。
◇◇◇
翌朝は快晴だった。前途を祝うかのようにと言いたいところだけど、好天だと魔物の動きも活発だ。喜んでばかりもいられない。
ただ、その日は不思議と魔物に遭遇しなかった。その代わりと言ってはなんだが、土砂崩れで道が通れなくなっていたところが三カ所もあった。
ここでもドワーフたちが大活躍。ロープを持ったミルマがひょいひょいと土砂の上を滑落もせず渡り歩き、その後ろをトジュリがひょこひょこと続く。反対側に渡りきったところで、ロープの端をしっかり持って手を上げるミルマにトジュリ。そして、こちら側はエフモとカルフががっちりロープを握っている。
クルトとデリアはその張られたロープを慎重に伝って渡っていく。向こう側ではトジュリが「がんばれ。がんばれ」と言っている。
クルトたちが渡りきると、ミルマがロープを回収。そして、出発地点に残っていたエフモとカルフはあっという間に渡りきってくる。
これを三回繰り返した。途中で魔物と遭遇すれば話は別だったが、一日こればかりだった。そして、一回土砂を渡りきるごとにトジュリを筆頭にドワーフたちがドヤ顔になってくる。まあそれはそれでいいのだけど。
◇◇◇
「デリア……あそこに……洞穴がある」
トジュリが嬉しそうに指差す。
「うん。あるね」
デリアは頷く。
「あそこ……なら……雨や風が……しのげる」
「あ、ちょっと待って。トジュリ」
洞穴に向かって駆け出すトジュリをデリアは制止するが、夢中になっているトジュリには届かない。
必死で追いかけるデリア。クルトもミルマに声をかけてから、走り出す。
「ミルマ。槍持ってついてきて」
ミルマは頷くと槍を持ち、駆け出す。エフモとカルフも杖を持ってついてくる。
何事もなければそれでいい。何かあっても大事でなければいい。どうか。どうか。
◇◇◇
「グオオオオオオッ!」
「ギッ、ギイッ」
くっ、残念だが懸念が当たってしまった。洞穴は雨風を避けることができる。だから、住んだり休憩するには好適だ。そして、それは魔物にとってもなのだ。
ロスハイム-ノルデイッヒ周辺は平原だから洞穴はなかったが、空き家になっていた廃屋にコボルドやゴブリンが住み着いていたことがままあった。要はそういうところに近づく時は慎重にと言うことをトジュリに伝えられていなかったことが失策だ。
だが、今、それを言っても仕方がない。状況を見極めないと。相手の魔物の一撃でトジュリが倒されている。結構深手の傷のようだ。いかん。そして、魔物は? うっ。
一瞬、ホブコブリンかと思った。それでも難敵だが、そうではない。あれは洞穴に住むクマ、ケイブベアだ。もちろん、見るのは初めてだ。そして、間違いなくホブゴブリンより手強い。
一刻も早くトジュリを救わなければならない。だが、クルトの槍の刺突にしてもあの剛毛と鎧のような筋肉に守られたケイブベアを一撃で止めるのは難しい。
デリアの魔法も今は使えない。トジュリとケイブベアの距離が近すぎる。ケイブベアへの魔法攻撃は間違いなくトジュリにも影響が出る。そうなると命が危ないのは既に深手を負っているトジュリの方だ。
「グオオオオオオッ!」
まずいっ! ケイブベアの第二撃がトジュリに迫っている。くっ、ここはもう効果のことは考えずに、とにかく突撃するか。
◇◇◇
ドカッ
ケイブベアの第二撃を受けたのはトジュリではなかった。ミルマだ。ミルマは槍を放り出すと、一切の危険を顧みずに突進。トジュリを抱き上げると、その第二撃を背中に受けたにもかかわらず全力疾走を続け、クルトたちの近くまで来ると力尽きて倒れたのだ。
くっ! クルトは何を逡巡していたんだ。ミルマは自分の命を顧みずにトジュリを助けたじゃないか。その間、クルトは悩んでいただけじゃないかっ!
「デリアッ! ミルマとトジュリにありったけの治癒魔法をかけてっ! 何としても助けてっ!」
「分かっています」
デリアは真剣な顔で頷く。
「だけどクルト君への援護は? 大丈夫ですか?」
「忘れていたよ」
クルトもデリアに頷く。
「クルトは『僧侶戦士』だったんだよ。家族を野盗に皆殺しにされてひとりぼっちになって、一人で戦えて、自分で自分を治癒できる『僧侶戦士』だったんだ。最近はデリアに助けてもらってばかりだから忘れていたけどね」
「分かりました」
デリアは今度は笑顔で頷く。
「デリアの好きなクルト君は立派な『僧侶戦士』です。そして、デリアは魔法使い。全力でミルマとトジュリの命を助けます。そして、その後は全力でクルト君を援護します」
ありがとう。勇気が出たよ。クルトは槍を握り直すとケイブベアに向き合った。