72
「火炎」「火炎」
デリアの魔法が再度炸裂する。効いているようだ。ことにクルトとデリアが先ほど打撃を加えたウルフはふらついている。しかし……
「グルルルグルルオー」
ウルフたちの戦意は下がっていない。こちらの戦闘力の高さは伝わったはずだが。
「クルト……あいつら……飢えている」
「……」
そういうことか。飢えたウルフは見境なく攻撃してくるという。これは完全に倒さねばならないということか。
「ウオオオオオーン」
ウルフのリーダーが再度かけ声をかける。やはり一斉に突進してくるが、いくつかの個体は明らかに一回目より速度が遅い。
それでもリーダーはクルトの頭を噛みちぎらんと再度跳躍してくる。その速度も衰えていない。クルトはその強さに敬意をはらいつつ、槍の柄の鉄芯で応戦する。さすがに噛み切れないと判断し、後退する。
「ギャインッ!」
「ギャインッ!」
遅れて到着した二頭には情け容赦なく、頭部に鉄芯の一撃を加える。手応えはかなりあった。恐らく頭骨の一部が砕けたか、ひびが入ったはずだ。現に二頭は口からかなりの量の血を流している。それでも気丈にも後退はしたが、こちらの方を向くことをやめようとしない。
ミルマの方はもっと戦果が出た。襲いかかってきた二頭のうち一頭を槍の柄で打撃を加えて、押し返すともう一頭には素早く槍を持ち替え、穂先でその心臓を刺す。
「グオオオオーッ」
心臓を刺された一頭は噴水のように血を出し、地面に落ちた。それでも立ち上がらんとしたが力なく崩れ落ちる。
「ウオオオオオーン」
ウルフのリーダーが吠える。だがこれはかけ声ではなく、最後まで戦った仲間への挽歌だろう。
◇◇◇
後方ではデリアが突進してきた三頭の頭部にやはり鉄の杖で痛烈な一撃を加える。三頭は口から血を流す。これも恐らく頭骨の一部が砕けたか、ひびが入ったのだろう。
エフモとカルフは今度も一頭ずつウルフの攻撃を撥ね返す。デリアの魔法は二発確実に決まっているので、突進速度は明らかに落ちている。
「冷凍」「冷凍」
デリアの三つ目の魔法。口から血を流していた五頭のウルフはその衝撃に倒れ込む。
「ウオオオオオーン。ウオオオオオーン」
それでもウルフのリーダーはかけ声をかける。倒れ込んでいた五頭のウルフは最後の力を振り絞るかのようにふらふらと立ち上がる。
クルトとミルマは顔を見合わせ、頷き合う。ウルフたちは飢えているのだ。もう後がないほど。ここでクルトたちの肉を喰らうことが出来なければ、どのみち死んでしまうほど追い詰められているのだ。
だけどクルトだって、自分の大切な仲間たちを守る、そして、武装商人になるという自分の野望の達成のため、飢えたウルフたちに肉を喰わせるわけにはいかない。せめてもの温情は、弱った個体から順に一撃で葬り去ることだろう。
ウルフのリーダーは三度目の跳躍をし、クルトはやはり槍の柄の鉄芯で応戦する。今度は噛みきれないと分かっても鉄芯に食らいついて放そうとしない。
分かる。分かるぞ。おまえの意図が。とことんまでクルトの槍の柄の鉄芯に食らいついて、クルトの手から武器である槍を引き離そうというのだな。
そして、武器を失って、焦燥するクルトの喉笛を一気に噛み切ろうというのだろう。こっちのパーティーの要であるクルトを殺せば、形勢は一気に逆転する。そう考えているのだろう?
だがそうはいかない。クルトは絶対槍を手放さないからね。だが、ウルフのリーダーであるおまえに敬意を表して、力比べをしようじゃないか。クルトが槍を手放すか、おまえの食らいつきが離れるか、勝負だ。
その間、ミルマは頭骨にダメージを受けていたウルフ二頭にとどめを刺し、残る一頭と対峙していた。
後方のデリアもダメージが大きかった三頭のウルフにとどめを刺し、エフモ、カルフと三人で残る二頭と対峙していた。
やがて、ミルマはウルフとの一対一の戦いを制した。他の二頭はデリアが混乱の魔法をかけた後、エフモとカルフが一頭ずつとどめを刺した。
だけど、クルトとウルフのリーダーの力比べはまだ続いていた。
「デリア……クルトを……助け……ようか?」
ミルマのそんな問いにデリアは首を振る。
「ここはクルト君に任せてあげて。大丈夫。クルト君は絶対負けないから」
正直、クルトも腕がしびれてきたが、デリアにそう言われては引っ込みがつかない。もっともデリアのことだから、万一の場合に備えて、魔法を用意しているだろうけど。
十頭いた群れの中でただ一頭生き残ったウルフのリーダー。仲間を全て失ってなお、クルトの槍の柄の鉄芯に食らいつくウルフのリーダー。そして、僕を睨み付けるウルフのリーダー。おまえは今何を思う?
「むんっ!」
クルトは残った力を振り絞り、槍の柄を大きく振る。ウルフのリーダーはそれでも食らいついていたが、やがて、どおと音をたてて地面に落ちた。
それでもしっかりと四つ足で立つとクルトを睨み付けると咆哮を上げた。
「ウオオオオオーン。ウオオオオオーン」
そして、そのままその場に倒れた。クルトはゆっくり距離を少しずつ縮めながら、ウルフのリーダーに近づき、槍の穂先でその首を刺す。血が噴出した。既に死んでいたようだ。
この場を立ち去る前に小さく頭を下げた。好敵手へのせめてもの敬意だ。