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陽が昇る前に出来るだけノルデイッヒの町から離れたかったので、結構強行軍になった。クルトやデリアと違ってクエスト慣れしていないエフモとカルフは辛そうだ。いや、ミルマだって辛いはずだ。でも、そんな素振りをみせようとしないのは、さすがに最年長者の矜持か。そして、もちろんトジュリはデリアに背負われて寝入っている。
そして何とか陽が昇るまでにノルデイッヒから離れることができ、山脈を越える登山口あたりまで到達した。それにしても……
「これが登山口か」
「思った以上に荒れていますね。登山道」
デリアが溜息交じりに言う。
家も人が住まなくなるとすぐに荒れてしまうという。ファーレンハイト商会の建物が何とか使えたのはノルデイッヒギルドのギルドマスター夫妻が折に触れて手入れしてくれていたからだろう。
道はもっと露骨だろう。ロスハイムーノルデイッヒ間のように人が頻繁に行き交うところなら整備される。ロスハイムギルドに在籍していた頃、商会の依頼を受け、道を塞いでいた倒木を片付けるクエストを請け負ったことがある。デリアやカトリナにも来てもらい、「火炎」の魔法で倒木を消し炭にしてもらってから何人かで脇に運び出した。
ロスハイム周辺地域は平原なのでそういうクエストはなかったが、場所によっては落石が道を塞いだので取り除いてくれというクエストもあるらしい。水をかけた岩に「雷光」の魔法をかけて砕いたり、岩に油をかけて火をつけてから「冷凍の魔法をかけることを繰り返して弱くしてから砕いたりするらしい。
これからこの山道を抜けて行くにあたって、その知識が役立つかもしれない。ただまあ出来るだけ魔法は節約していきたい。いつ魔物に遭遇するか分からないし。人のいない山道には野盗は出ないだろうけど。
登山口からして既に倒木がいくつもある。だけど、これは避ければ済む範囲だ。魔法は節約。だけどいつの日かこの道を鉱石を積んだ馬車に乗る武装商人になれた時はこの道は広く綺麗にしたいな。
「クルト君、何思い出し笑いみたいのしているのですか? 珍しい」
わっ、デリアに見られていた。
「いや何でもないよ」
「怪しいですね。何考えていたか教えてください」
「いや本当に何でもないって」
◇◇◇
倒木落石を避けながら登山道をゆっくりと上がっていく。クルトやデリアはロスハイムーノルデイッヒ間を何度も歩き回って、長く歩くことには慣れている。だけどこれだけ長く続く上り坂を歩くのは始めてだ。そして、そもそも長時間歩く経験がなかったであろうドワーフの少年少女たちはもっとだろう。
今日は夜昼継いで歩いてきた。登山道に入ってから他の人間にも会っていない。山脈を越えての交易はデリアの兄エトムントが非人道的な方法で試みて、成果を出さないまま死んだ。
それ以来、この登山道にくる普通の人間はいない。普通の人間が来ないから、それを標的にする野盗も来ない。
ならば日没には早いが、大樹の根元か崩壊の心配のなさそうな洞穴でもあれば休むとしよう。
「ギギギギギイギイ」
そこでカルフがうなり声を上げる。ミルマはエフモと顔を見合わせてから、クルトに言う。
「クルト……ルーヴが……僕たちを……狙っている」
「ルーブ?」
「犬に……似た……でも、もっと……強くて……手強い……群れを……作ってくる……ドワーフの……赤ん坊も……連れ去る……危険な……魔物」
それはウルフだね。あまり平原には現れないから戦ったことも見たこともないが、噂では聞いたことがある。極めて敏捷性が高く、優れた統率力を持つリーダーに率いられて、群れで狩りをするという。狩られる気など毛頭ないが。
じりじりと包囲網を狭めてきている。だが、おかげで敵の数を把握できた。全部で十頭だ。こちらはトジュリを中央にその前にデリア、更にその前をエフモとカルフがガードする。デリアが「魔法を使いやすくするためだ。
反対側はクルトとミルマが並んで立つ。クルトの前の一頭からはとりわけ強い気配が感じられる。奴がリーダーだろう。そして奴もこのパーティーではクルトが一番手強いと気配で察知しているのだろう。いいだろう。受けてやろうじゃないか。
「ウオオオオオーン」
リーダーのかけ声の下、ウルフたちは一斉にクルトたちに襲いかかる。
「雷光」「雷光」
デリアの魔法炸裂。前方と後方を向き、魔法をかけ、十頭に満遍なく攻撃を浴びせる。
「!」
しかし、奴らはひるむことなくそのまま突進してきた。殊にリーダーの奴は跳躍し、クルトに向かって、牙をむいてきた。
ガキン
鉄芯入りの槍の柄で応戦する。またも柄の周りの木が砕けるが、相手も柄ごと噛みきれると思っていたらしく、驚いた様子でいったん後ろに飛ぶ。クルトは返す刀で槍の柄を振り、他の二頭の頭にそれぞれ一撃を加える。
「ギャンッ!」
ダメージを与えることには成功したようだ。
ミルマは最初槍の穂先でウルフの心臓を突いて、一気に仕留めようとしたが、二頭が一気に襲いかかってきたので、方針を変え、クルト同様、槍の柄で二頭を打つ。ミルマの打撃力はクルトほどではないが、ダメージは与えたようで、相手方はいったん後退する。
「ギャインッ!」
後方で他のウルフたちの悲鳴が上がる。クルトの槍の柄が鉄芯入りであるように、デリアの杖は鉄製だ。ウルフに与えるダメージは大きい。エフモとカルフも何とか一頭ずつのウルフを後退させることに成功した。
ウルフたちは態勢を立て直そうとしているのだろうが、こっちはそれを待ってやるつもりはない。