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デリアの背で眠っているトジュリはともかく他の三人のドワーフはかなり辛そうだ。無理もない。クルトやデリアのように実戦を経験しているわけではないんだ。
だけど申し訳ない。今もっとも避けなければ事態、それはクルトとデリアが実は生きているということを知られてしまうことだ。
このことは知れ渡るとロスハイムギルドはロスハイムの警備隊に対し、欺瞞行為を働いたことになり、立場は非常に悪くなる。
世話になった人たちに迷惑はかけられない。せめてクルトらが力のある武装商人になるまでは実は生きているということを知られるわけにはいかない。
そのためには今は少しでもノルデイッヒを離れ、クルトたちのことを知る人間のいないところに行かなければ。
◇◇◇
ヒュー
飛んで来た矢をクルトは槍で叩き落とす。
「デリア」
振り向くとデリアは頷く。
「野盗ですね。一、ニ、三……六人。どうやら囲んで来る気ですね」
まだノルデイッヒを囲む塀からそんなに離れていないのに野盗か。ついていない。いや……
ついていないのはおまえたちの方だ。野盗ども。こんなノルデイッヒに近いところで襲撃してくるということは、ノルデイッヒ内部の人間とも繋がりがある可能性が高いということだ。全員に死んでもらう。
デリアはトジュリを背から下ろし、ミルマ、エフモ、カルフに託す。三人のドワーフは頷き合い、トジュリを囲むように立つ。うん。いい連携だね。トジュリは寝ていたところを起こされ、眠い目をこすっているが、ここはご容赦願いたい。
野盗は六人。前方から三人、後方から三人、じわじわと囲みを狭めてくる。
「ふん」
前方の野盗の一人が鼻を鳴らす。
「若い男の一人はちったあ出来そうだが、こっちは六人。後は女が一人。お、何だ? 珍獣が四匹か。こいつあ、ついてるな。おい、あの珍獣殺すなよ。物好きな趣味の奴に高く売れる」
ちらりと見ると、エフモ、カルフ、トジュリは震えている。ミルマはさすがに気丈に槍を握りしめているが、明らかに緊張している。こういうことはこれから度々あるだろうけど、ここは出来るだけ早いうちに緊張から解放してやりたいところだ。
と思っていると、隣から低い声が聞こえてきた。
「『珍獣』? 誰のことを言っているのです? まさかデリアの可愛い弟と妹たちのことを言っているわけじゃないですよね?」
声の主はもちろんデリアだ。ああ、これは野盗がドワーフたちを「珍獣」と呼んだことを怒っているんだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。
「ドワーフは人間に勝るとも劣らない崇高な精神の持ち主。それを『珍獣』呼ばわりする野盗たちの方が『珍獣』ではないですか? そのような貧しい精神では」
「何だとっ! この女―っ!」
激昂する野盗。
「さんざん犯してやってから、売り飛ばす気でいたが、気が変わった。この場で殺してやるっ!」
「『混乱』」
デリアの魔法が綺麗に決まり、前方の野盗三人はその場で右往左往し始めた。
「思った通りですね」
淡々と語るデリア。
「初級魔法である『混乱』がここまで決まるとは大した敵ではないですね。クルト君、すみませんがとどめをお願いします。あ、ミルマにはいい実戦での訓練になりますね。ミルマにもやってもらいましょう」
「なめんなよーっ」
周囲はみなデリアの迅速な魔法の発動にあっけに取られていたが、後方にいた野盗の一人が我に返ったようだ。
「何しやがったっ? ぶっ殺すぞっ!」
「ああもう、うるさいですね。『混乱』」
後方の三人の野盗も右往左往し始める。
「『火炎』」
後方の三人の野盗は炎に包まれたが、「混乱」の魔法がかかっているので脱出できない。
トジュリは半分以上眠っているが、エフモとカルフは唖然としながらも、この光景をしっかりと見ている。時折、デリアに憧憬の視線を向けている。
などと思っているとミルマに袖を引かれる。いかんいかん。クルトまでデリアに見とれていてはいかん。
クルトは槍を握り直すと、狙いを定め、一人の野盗の心臓を貫く。そして、素早く槍を引き抜くと、二人目の野盗の心臓を貫く。
じっとクルトの行動を注視していたミルマ。クルトはそんなミルマに声をかける。
「今の要領だ。やってみて」
ミルマは黙って頷くと槍を構え、最後に一人残った野盗に向かい、槍を突き出す。
デリアの魔法「混乱」は相手を錯乱させるが、それだけに不規則な動きが読みにくい。ミルマの最初の刺突は相手の左肩に刺さった。
「ミルマ、すぐに抜いて」
クルトの指示にミルマは即座に従う。
「相手は錯乱状態だ。距離を取って、確実に心臓を狙うんだ」
ミルマは頷くと、眼光鋭く錯乱状態の野盗をじっと見つめる。やがて、意を決したように槍の刺突を繰り出す。
その狙いは正確で、槍は見事に野盗の心臓に突き刺さり、血が噴水のように噴き出す。
「お見事。ミルマ。そこで槍を素早く抜くんだ。そうしないと固まってきて抜きにくくなるからね」
クルトの言葉に、ミルマが槍を引き抜くと野盗はどうという音を立てて倒れる。
ミルマは槍を立てて持つとどうだった?という顔でクルトの方を見ている。
「うん。よかったと思う」
そんなクルトの答えに満面の笑みを見せるミルマ。うん、今はそれでいい。これからもっと大変なことが待ち受けてはいるだろう。でも、今はそれでいい。