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「クルト。これが注文の品だ」
トマスさんは新品の槍をクルト君に渡す。クルト君専用の柄を鉄芯で作り、それを木で覆った槍だ。
クルト君は受け取ると早速柄の感触を確かめ、人のいない方向に槍を突き出す。やはり嬉しそうだ。
「クルト。その槍はロスハイムの鍛冶屋に特注で頼んだものだ。そうしたらその鍛冶屋がな、こう言ったんだ」
淡々と語り出すトマスさんの言葉に聞き入るデリアとクルト君。
「こういう鉄芯入りの槍は、かつてロスハイムギルドにいたクルトって奴が愛用していたんだ。気持ちのいい奴だったんだが、警備隊に逆らって殺されちまった。返す返すも残念だ。ところでこの槍を欲しがっているのも、やっぱり若くて、不器用で、真っ直ぐな奴なのか? とな」
「……」
さすがにこれには何も言えない。まさか当の本人が受け取ったとも言えない。
ミルマにも真新しい槍が渡された。クルト君以上に嬉しそうだ。
「しかし……」
トマスさんは微妙な表情。
「ドワーフの主武器は戦斧とも聞くが、何ぶん、わしらもドワーフ自体と会うことが今回が初めてだ。クルトと同じ槍の方が無難かと思ったんだが、大丈夫かな?」
それを聞いたクルト君はミルマに耳打ち。ミルマはトマスさんに向かって言う。
「僕は……お父さんたちが……戦斧を……使っているのを……見ていた……でも……僕は……クルトと同じ……槍がいい」
「はっはっはっ、それは良かった。クルト。いい弟子が出来たじゃないか」
そんなトマスさんの言葉に微笑を浮かべるクルト君。
そして、デリアと三人のドワーフ少女たちには新しい武器は特に与えられなかった。デリアは既に持っている鉄の杖がまだ使える。三人のドワーフ少女たちには訓練用に与えられた木の杖がまだ使えるという理由だ。
これに不満だったのは、エフモとカルフだ。曰く「私たちもデリアと同じ武器が使いたい」とのこと。
だけどデリアだって、初めのうちは木の杖だったし、自分の経験から木の杖を卒業できる時期が来たら、木の杖の方から割れて、使い物にならなくなるからと言って説得した。
デリアの説得にエフモとカルフは渋々ながら頷いた。「頑張って、早く木の杖が割れるようにする」
くれぐれもわざと木の杖割らないでね。鉄の杖は高いんだから。
◇◇◇
夜も更けてきた。もはやノルデイッヒの町を歩く一般の人もおるまい。
クルト君が全体を代表して、トマスさんたちに挨拶する。
「みなさん、いろいろとお世話になりました。クルト君たちはこれからノルデイッヒを旅立ちます」
大きく頷くグスタフさん。アンナさんの目も真剣だ。いや、真剣な目をしているのはノルデイッヒの人たちだけではない。ミルマ、エフモ、カルフの目も真剣だ。これから何が始まるか、みんな分かっているのだ。
トジュリだけはまだよく分かっていなかったらしい。デリアに不安そうな声で問いかける。
「デリア……私……たち……今度は……どこへ……行くの?」
デリアは穏やかな微笑を浮かべ、答える。
「帰るんだよ。トジュリの故郷へ」
「帰る?……トジュリの……故郷へ?」
「そう。トジュリだけじゃないよ。ミルマもエフモもカルフも故郷へ帰るんだよ」
「トジュリたち……だけ……故郷へ……帰るの?……デリア……とは……お別れ……なの?」
「大丈夫。デリアとクルト君が故郷まで送ってあげるの。だから、お別れじゃない」
「よかった」
トジュリはデリアに抱きつく。この子たちはデリアとクルト君に懐いてくれた。だけど、死んだエトムント兄にこの子たちを人質に取られたドワーフたちはそうは思ってはくれまい。ましてや十人取った人質のうち、六人は死なせているのだ。
厳しい交渉になる。いや、それ以前にノルデイッヒを東に出て、山脈を越えて、砂漠に行くのはまともな道があるかどうかも怪しい。そして、どんな野盗や魔物がいるかも分からない。
そんなデリアの気持ちを察したトマスさんが言う。
「大丈夫だ。わしも長く生きて、いろいろな人間を見てきたが、クルトもデリアも本当に誠実だ。それに強い。期待しているぞ。砂漠の鉱石をノルデイッヒで売れるようになれば、うちのギルドも大儲けだからな」
そうですね。お世話になったトマスさんを大儲けさせることが出来るように、デリアたちも頑張ります。
◇◇◇
そして、デリアたちは、かつてデリアとクルト君が人目を忍んで入ってきたノルデイッヒの東門、正しくは通用口みたいなものだけど、町の外に出る。
トマスさん・アンナさん夫妻、グスタフさん、ライナーさんが見送ってくれる……と言うか、万一にも人目がないか警戒してくれている。
人目は大丈夫なようだ。だけどトジュリの方がもう眠さに耐えられないようだ。デリアは自分の荷物をクルト君に頼み、トジュリを背負った。
いや眠そうなのは他の三人のドワーフたちも同じだ。まだ少年少女なのだ。
クルト君も言う。
「今日は夜明け前に進めるだけ進んだ方がいいけど、いつまでも昼夜逆転はよくないね。明日は一日休んで、明後日の朝に再出発しよう」
デリアは頷く。
「さあ、みんな元気出して行こうっ!」
そんなに大きな声は出せないけど、みなに聞こえるよう デリアは言った。それは実は周囲というより自分を励ますために言ったのだけど。




