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三人のドワーフ少女がいろいろなことを私に言ってきたのに対し、ただ一人のドワーフ少年ミルマはここまで無言だった。
だけど、私がトジュリを抱きしめ続けるのを見て、ゆっくり口を開いた。
「クルト……僕たちを……檻に閉じ込めて……売り飛ばさないって……本当か?」
「本当だ」
クルト君は淡々と答える。
「と言うか、君たちを売り飛ばすなんてことは今の僕とデリアには出来ない。何せ僕とデリアは死んだことになっているんだ。取引なんかしたら大変なことになるよ。本当は生きているということがおおっぴらになっちまう」
「死んだことに……なっている?」
「ああ、僕とデリアはここから歩いて二日かかるロスハイムという町のギルドにいたんだ。だけど、僕がその町の有力者の汚いやり方に頭にきちゃって、殺そうとしたんだ。周りが止めてくれて殺すまではいかなかったんだけど、責任問題になってね。周りの人が僕たちが死んだことにして、逃がしてくれた。それでこの町ノルデイッヒに来たんだよ」
「……」
何か信じがたい話を聞いたという様子のミルマ。それはそうだろう。クルト君は、パッと見、温厚そうな青年でそんな凄いことをしでかすようには見えない。
「だけどノルデイッヒもロスハイムと人の行き来がある。どこに人の目があるか分からない。ノルデイッヒでも人目を忍ぶ身なんだ。だから、僕たちとしても君たちと一緒に山の向こうの砂漠にあるという君たちの家に行きたいんだ」
「なら……すぐにでも……僕たちと……一緒に……砂漠に……行けばいい……じゃないか。……」
「いや、そういうわけにはいかない」
クルト君の顔は真剣になる。
「正直、ノルデイッヒの人間たちの間でも、ノルデイッヒから西の山脈を越えて砂漠に行く道のことは知られていない。どんな野盗がいるか、魔物がいるか、分からないんだ。そういう者から『エフモ』『カルフ』『トジュリ』を守って、故郷に帰すためには……」
「……」
「ミルマ。君の力が必要なんだ。君がもっと強くなって、僕とデリアと一緒になって、あの三人を守れるようにならないと、君たちは故郷に帰れない」
「僕が……強くなって……三人を……守る?」
「そうだ」
ミルマは無言のまま頷いた。
◇◇◇
そして、私たちはかつてがそうだったように、フリッツさんとライナーさんに護衛されながら夜陰にまぎれて、ファーレンハイト商会の建物に戻った。
私はトジュリとカルフの手をしっかりと握る。二人とも震えている。ことにトジュリは。
年長であるミルマとエフモは気丈な表情を見せているけど、緊張感は隠せない。
それでも屋内に入った後、もともと私とクルト君が使っていた従業員用の寝室に壊されたベッドの中から使えそうなものを見つくろってきて、「ここでみんなで寝起きしよう」と呼びかけると、ドワーフの少女たちはみんな笑顔になった。
トジュリは私と一緒のベッドで寝ると言ってきかず、一緒に寝ることにした。
翌朝からクルト君とミルマは地下室で戦闘のための特訓を始めた。用具はノルデイッヒのギルドマスターが用意してくれた槍だ。
ミルマは最年長で唯一の少年だからか、動揺を見せないようにしているみたいだけど、やはり地下室に向かう時は緊張がありありと見えた。辛いだろうけど頑張って。
さて、私と三人のドワーフ少女たちだ。より一層意思疎通が出来るようにするのもあるけど、それだけだと時間が余りそう。私だって戦闘要員なのだ。とは言ってもロスハイムギルドにいた時と違い、練習相手がいない。ここは杖の素振りをするか。
と思っていたら、エフモとカルフが興味津々といった顔で見てくる。さすがにトジュリには意味が分からないみたいだけど。
「デリア……私も……杖……振りたい」
「えーっ、エフモ。言っとくけど、デリアの杖は鉄製だよ。結構重いよ」
「それでも……持って……みたい」
「うん。じゃあ持ってみる? 気をつけてね」
で、持たせてみると、これが何と両手でがっちりと持てているではないか。
「驚いた。力あるんだね。エフモ」
「ドワーフ……みんな力ある……エフモだけ……じゃない」
「デリア……カルフも……持って……みたい」
「ええっ? カルフ。あなたも?」
そして、カルフに持たせてみると、エフモより小柄な分、多少フラフラしているけど十分持てている。うーん。ドワーフが力持ちだというのは本当みたい。
「デリア……トジュリも……持って……みたい」
えーっ、トジュリが? いや、それはいくら何でも。私はチラリとエフモとカルフを見る。
二人ともフルフルと首を振っている。うん。同じドワーフの目で見てもトジュリには無理なんだね。
「うん。トジュリはもうちょっと大きくなってからね」
「えーっ」
露骨に不満そうなトジュリ。
そんなトジュリをスルーして、真剣な目で私を見るエフモ。
「デリア……エフモも……戦う……杖の使い方……教えて」
「デリア……カルフにも……教えて」
むーっ、三人のドワーフ少女は私とクルト君とミルマで守るつもりだったけど、出来るだけ自分の身は自分で守ってもらうことに越したことはないか。
「分かった。杖の使い方教えるよ。でも、いきなり初心者が鉄の杖を使いこなすのは難しいの。初めは木の杖からね。そして、これは約束して。杖の使い方は教えるけど、それはあなたたちが自分の身を守るため。自分からは攻撃に参加しないと約束して」