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そして、私とクルト君。公式にはもう死んでいることになっている二人が生きているという事実を多くの人に知られるのはよろしくない。人の口に戸は立てられない。
ましてやノルデイッヒギルドの経営が軌道に乗ったら、もともとここのギルメンで、ロスハイムギルドで修業中のメンバーが帰ってくるのだ。この人たちは私とクルト君が魔法と武術を教えた人たちで、なおかつ私たちは死んだと伝えられている人たちだ。私たちが生きていると知ったら大変な騒ぎになる。
「もう私たちはドワーフたちを連れて砂漠に行った方がいいでしょうか?」
そんな私の問いかけにグスタフさんは首を振る。
「待て。デリア。焦るな。意思疎通は出来るようにはなっているようだが、完全を期した方がいい。それに戦える奴は一人でも多い方がいい。あのミルマは結構見込みがあるぞ。クルトがもう少し鍛えれば、かなり戦えるようになるはずだ」
「しかし、グスタフさん、これ以上、クルトたちがここにいるわけにはいかないでしょう」
「ファーレンハイト商会の建物に帰れ」
「!」
「公式には現ファーレンハイト商会当主のデリアは死んだことになっているからな。オーベルタール警備隊が接収して、管理をノルデイッヒギルドに委託する形をとった。適当な商人が現れたら売却するということにしてな。だから、もう少しノルデイッヒにいろ」
「しかし、それではいつまでもノルデイッヒギルドにいることになってしまい、トマスさんとアンナさんにも迷惑が」
そういうクルト君の背中をアンナさんはバンと叩く。
「遠慮するんじゃないよ。私らのギルドが再開するから、あんたたちに出ていってもらうという事情もある。安心しな。あんたらの当面の生活費くらいなんとかするよ」
「…… ありがとうございます。アンナさん、トマスさん」
クルト君も私も自然に頭が下がった。
◇◇◇
そこまで言ってもらった以上、こちらも万全を期さなくてはならない。
しかし、もう一つ問題がある。ファーレンハイト商会の建物は四人のドワーフの少年少女にとって、どう考えてもトラウマの場所だ。
何しろ死んだ兄エトムントがドワーフたちを奴隷労働させるための「人質」として拉致監禁されたことに始まり、ファーレンハイト商会の崩壊後は野盗と化した元衛兵に売り飛ばされそうになり、それを阻もうとして十人いた仲間のうち六人が死んでしまったところだ。
ここまで酷いとトラウマにならない方がおかしい。それだけにこのことはきちんとはなしておく必要があるだろう。
「みんな聞いて。今、私たちが生活しているこの部屋はギルドの商品倉庫なの。そして、ギルドが活動再開することになったから、私たちはここから他の場所に移らなければならないの」
「私たち……どこへ……行くの?」
年中の少女カルフが片言の人間語で問う。
私は一度咳払いをしてから答える。
「ファーレンハイト商会。あなたたちが地下室の檻に閉じ込められていたあの建物」
「いやだあああ」
年少の少女トジュリが泣き叫ぶ。
「私……たちを……また……檻に……閉じ込める……つもり……なの?」
年長の少女エフモが身構える。
「みんな落ち着いて聞いて。あなたたちをファーレンハイト商会に拉致監禁するよう指示したのは死んだ私の兄エトムント。そこは私の実家でもある。今の私たちにはそこしか行けるところがないの」
「それでも……いやっ……あそこは……いやっ」
トジュリの泣き叫ぶ声は止まらない。
「デリア……私たちは……人間は……大嫌い。でも……デリアは……違うと……思っていた。……デリアも……やっぱり……人間なの?」
淡々と話すエフモの言葉は私の心に突き刺さる。
でもここで負けるわけにはいかない。この子たちにではない。自分の心にだ。
「そう私は人間。でも、信じて。私は二度とあなたたちを檻に閉じ込めたりしない。売り飛ばしたりもしない。だって、私はあなたたちを元の家に帰したいのだから」
「家に……帰る?」
カルフが驚いたように問い返す。
「そうっ、私はあなたたちを元の家に帰したいのっ! 山の向こうにある砂漠の中にあるというあなたたちの家にっ!」
三人のドワーフ少女たちは顔を見合わせる。だけど、すぐにまたトジュリが泣き始める。
「でも……でも……あそこは……いやっ……こわいっ……こわいっ」
私はトジュリを抱きしめる。
「ごめんね。怖いよね。でも、私たちにはあそこ以外に行く場所がないんだ。ごめんね」
なおも泣き続けるトジュリを私は抱きしめ続ける。
「大丈夫。大丈夫。トジュリが怖い気持ちになったら、私がいつでも抱きしめてあげる。だから、大丈夫」