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「デリア。僕たちにもお茶とクッキーをもらえる?」
クルト君が私に声をかけてくる。もちろん私に異はないからすぐにお茶とクッキーを持って駆けつける。
クルト君は私がやったように一枚のクッキーを二つに割り、一つは自分の口に含む。そして、もう一つはドワーフの少年の口のところに持っていく。少年は少し躊躇したが、やがて意を決したかのように口に含む。
「そうだ食べるんだ。体をたくさん使ったのだからな。大丈夫。君のことも妹たちにも危害を加えない。殺すようなことはしないよ。心配しなくていい」
クルト君の人間語が通じているのかどうかは分からないが、ドワーフの少年は素直にクッキーを食べ続ける。
「おいクルト。さっきそのドワーフが何て言ったか分かったのか? ドワーフ語が分かるのか?」
グスタフさんが驚いたように問う。
「いえ、ドワーフ語は何も分かりません」
クルト君はドワーフの少年にクッキーを食べさせながら答える。
「ただ何時間もやりあっていましたからね。言わんとしたことは大体分かります。恐らく『自分の負けだ。自分のことは殺してもいい。でも妹たちには手を出すな』と言ったのですよ」
「全く。我が弟子ながら大した奴だ」
グスタフさんは呆れたように言う。
すたたたた
一連の様子を見ていたドワーフの年長の少女が私のところに駆け寄ってくる。もちろん私は笑顔で二つに割ったクッキーのうちの一つを渡す。
もう躊躇するようなことはしなかった。ドワーフの年長の少女は、私が先に食べるのを待たずに一口でクッキーを食べた。
「ウイーッ、クイピーッ」
そこへクルト君が倒れたドワーフの少年を抱きかかえて、私とドワーフの少女たちのところに連れてくる。
私は問う。
「大丈夫なの? クルト君。ドワーフの少年は?」
「大丈夫。疲れているだけだよ」
◇◇◇
その後は、もう三人のドワーフ少女は自由にお茶を飲み。クッキーを食べていたし、クルト君はドワーフの少年にクッキーを食べさせたり、お茶を飲ませたりしていた。
私はふと思いついたことを実行してみることにした。クルト君を指差し「クルト」。自分を指差して「デリア」。そして、ドワーフの四人をそれぞれ指差し、「あなたたちは?」と聞いた。
四人ともキョトンとしている。無理もない。私たちがドワーフ語が分からないように、ドワーフの四人には人間語が分からないのだろう。
それでも私の意図を察したクルト君が自分を指差し「クルト」、私を指差し「デリア」、ドワーフの四人をそれぞれ指差し、「あなたたちは?」と問うた。
何回か私とクルト君で同じ質問を繰り返した後、年長のドワーフの少女が口を開いた。少年を指差し「ミルマ」。自分を指差し「エフモ」、年中の少女を指差し「カルフ」、年少の少女を指差し「トジュリ」と言った。
私は嬉しくなった。
「うん。『ミルマ』『エフモ』『カルフ』『トジュリ』だね。覚えたよ。教えてくれてありがとう」
私は思わずエフモに抱きついていた。エフモは当惑したような顔だったけど、拒むことはしなかった。
◇◇◇
「ところで……」
グスタフさんが問いかけてくる。
「ドワーフたちと心が通じ合ったのは何よりだが、これからどうするつもりだ? クルトにデリア」
私とクルト君は顔を見合わせる。クルト君が大きく頷いたので、私の方が口を開く。
「本格的に意思疎通が出来るようになるまで、もうちょっと時間がかかるかと思いますが、ドワーフたちを故郷の砂漠に連れて帰そうと思っています」
「何だと」
グスタフさんの顔色が変わる。
「デリア。それは自分の兄がやったことへの罪滅ぼしのつもりか」
「はい」
私も真剣な顔になる。
「『罪滅ぼし』というか、私はもう兄のしたことは取り返しがつかないと思っています。せめて生き残れたドワーフたちだけは故郷に帰してあげたいと」
「気持ちは分かるが危険すぎるぞ。デリア。これだけのことをしたんだ。砂漠のドワーフたちは人間を恨んでいるなんてもんじゃないぞ。かなりの確率で殺されるぞ」
「それでも私は行きたいのですよ。グスタフさん」
「うーん。クルト、おまえはどうなんだ?」
「僕もデリアと同じ考えです。デリアがファーレンハイト商会の当主として、それをしたいのであれば、僕もそうします」
「おまえらなあ」
グスタフさんは頭をかきむしる。
「ドワーフたちには気の毒かもしれないが、これからノルデイッヒは警備隊もギルドも復興させるし、そこで働いて生計を立ててもらう手だってあるんだぞ。何もそこまで危ない橋を渡ることはねえっ!」
「ご心配かけてすみません。グスタフさん。だけど、クルトたちがやりたいんですよ。それよりトマスさんにアンナさん、ドワーフたちと意思疎通が出来るようになるまで、もうちょっとノルデイッヒのギルドにお世話になります。かかった経費は後で必ず支払いますんで」